【月光】-前編-
(※画像がありません)
ノルガルド王国フログエル城。騎士たちの集う円卓の間では、三人の騎士――ブランガーネ、イヴァイン、パロミデス――が険しい面持ちで影の軍師といわれるモルホルトの言葉を聞いていた。窓の外に高く昇っているはずの月は雲に隠れており、ただろうそくの明かりだけが騎士たちを照らしている。
「……よって、騎士ブランガーネは一ヶ月の謹慎。騎士イヴァイン、騎士パロミデスに関しては、処分保留とする」
「なぜわらわだけが!」
怒気をはらんだ声がイヴァインのすぐ横で爆発した。ブランガーネだった。
「ヴェイナードめ、それほどわらわが憎いか!」
「今回の処分の決定につきましては、私が陛下より一任されています。処分の理由を詳しく聞きたいとおっしゃるなら、お答えしますが……」
モルホルトはたった今読み上げた羊皮紙を丸めた。
「明らかに、このたびの敗因は、姫の突出以外のなにものでもありますまい」
「……くっ」
ブランガーネの呻きが室内に響いた。この部屋に呼ばれた三人の騎士は、過日、レオニア女王リオネッセと矛を交え、敗れた騎士たちだ。ブランガーネにとって、敗北とそれに続く謹慎という処分がどれほどの屈辱であるかが、イヴァインには容易に想像できた。
戦場でのブランガーネは身の内にある憤懣のすべてをレオニアの若き女王にぶつけようとしているように見えた。彼女は代々女王が即位するレオニアを憎まずにはいられなかったのかもしれない。
ブランガーネは先王ドレミディッヅの一粒種。ノルガルド王家直系の血筋であるが、古くからのしきたりにより女子は王位を継ぐことができないため、即位したのは傍系であるヴェイナードだった。女に生まれたというただそれだけで、彼女は玉座に座る権利を失ってしまったのだ。もともと勝気な性格には、以来一層の磨きがかかっている。
イヴァインは思う。敗戦は確かに我を忘れたブランガーネの失態だろう。この処分も仕方のないものかもしれない。だが、父を失い、王位も継げない彼女のことを思うと、同情の余地があるようにも感じられた。
彼は目の前のモルホルトを見た。この男は、もとはアルメキアの騎士だと聞いている。有能だが、兄を殺した帝国への復讐の心にとらわれ、目的のために冷徹になることも多いという。
戦場でのブランガーネは身の内にある憤懣のすべてをレオニアの若き女王にぶつけようとしているように見えた。彼女は代々女王が即位するレオニアを憎まずにはいられなかったのかもしれない。
ブランガーネは先王ドレミディッヅの一粒種。ノルガルド王家直系の血筋であるが、古くからのしきたりにより女子は王位を継ぐことができないため、即位したのは傍系であるヴェイナードだった。女に生まれたというただそれだけで、彼女は玉座に座る権利を失ってしまったのだ。もともと勝気な性格には、以来一層の磨きがかかっている。
イヴァインは思う。敗戦は確かに我を忘れたブランガーネの失態だろう。この処分も仕方のないものかもしれない。だが、父を失い、王位も継げない彼女のことを思うと、同情の余地があるようにも感じられた。
彼は目の前のモルホルトを見た。この男は、もとはアルメキアの騎士だと聞いている。有能だが、兄を殺した帝国への復讐の心にとらわれ、目的のために冷徹になることも多いという。
「わらわは、戦う!」
ブランガーネが息巻き、イヴァインは我に返った。
「姫が出撃を強く願い出たからこそ、陛下は指揮を任されたのです。姫は見事に期待を裏切られましたな」
モルホルトには決して嫌味のつもりはなかったのだろう。だが、本人にそのつもりがなくても聞くほうにとっては嫌味にしか聞こえない。ブランガーネの頬がみるみる紅潮し、唇がわなないた。
「処分については以上です。解散」
モルホルトが有無を言わせぬ口調で解散を告げると、ブランガーネは軍師を視線で射殺さんばかりの勢いで睨みつけてから退室した。ばたん、と扉が大きな音を立てる。イヴァインとパロミデスも、続いて部屋を出た。
「姫にも困ったものだな」
廊下に出たところでパロミデスが苦い表情をした。イヴァインはそれには答えずパロミデスと別れようとしたが、足を踏み出したところで肩を掴まれた。
「どこに行く気だ、イヴァイン。次こそ勝つためにも、俺の稽古につきあってくれよ」
「いや、俺は姫が心配だ。ちょっと様子を見てくる」
「相変わらずの八方美人だな。だが心配するほどのことでもないだろう。むしろこれに懲りておとなしくなってくれたほうが万々歳だ。姫は日頃から陛下を煩わせているからな」
「だから様子を見にいくのさ。おまえも姫のご気性を知らぬわけではないだろう。姫は引き絞られた矢のようなお方。ちょっとした刺激でどこに飛んでいくかわかったものではない。もしそうなったら……」
「大げさに考えすぎだぜ。ま、せいぜい姫をなだめてきてくれ。俺はごめんだ」
パロミデスは肩をすくめると、自室へと戻っていった。
残されたイヴァインはブランガーネの居室へと向かった。
騎士たちはそれぞれ、城内に居室を与えられている。ブランガーネの部屋の前まで来たイヴァインは、扉を叩いた。返事はない。もう一度叩く。やはり返事はない。扉の取っ手に手をかけてみると鍵がかかっていないことがわかった。
残されたイヴァインはブランガーネの居室へと向かった。
騎士たちはそれぞれ、城内に居室を与えられている。ブランガーネの部屋の前まで来たイヴァインは、扉を叩いた。返事はない。もう一度叩く。やはり返事はない。扉の取っ手に手をかけてみると鍵がかかっていないことがわかった。
「入ります」
イヴァインは思いきって扉を開けた。
部屋の中には明かりがついていない。もしかしたら、いないのかもしれない。しかし、部屋の奥の暗がりでことりと音がした。イヴァインが目を凝らすと、そこにおぼろな人影が見えた。
部屋の中には明かりがついていない。もしかしたら、いないのかもしれない。しかし、部屋の奥の暗がりでことりと音がした。イヴァインが目を凝らすと、そこにおぼろな人影が見えた。
「姫?」
声をかけた瞬間、月光が明り取りから射し込み、つかの間人影を照らした。
淡い光に包まれたブランガーネは背筋を伸ばして立ち、挑むような視線をこちらに向けている。
すぐに月は雲に隠れ、室内はまた闇に包まれた。しかし、姫の手できらりときらめいた白刃をイヴァインは見逃さなかった。
淡い光に包まれたブランガーネは背筋を伸ばして立ち、挑むような視線をこちらに向けている。
すぐに月は雲に隠れ、室内はまた闇に包まれた。しかし、姫の手できらりときらめいた白刃をイヴァインは見逃さなかった。