【危険の報酬】-後編-
半人前の騎士二人だけで精強なエストレガレス帝国を相手にするという無謀な戦いを命じられたティースは、行軍をしながらぼやいた。
「陛下も無茶言うよ。俺たち二人だけで勝てるわけがない……」
おまけに彼は敗北すれば全財産を失うことになっている。
「ドリスト様は、わたしたちを信頼してくれているの。だから、わたしたちも頑張ろう?」
ユーラが遠い目をして微笑む。
(信じるだけで勝てるなら俺も信じたいよ……それにしてもかわいいなぁ……)
こんな調子で、具体的な作戦もたてられずに二人は戦場に到着してしまった。
「うわ、こりゃヤベェ」
ティースはずらりと並んだ敵の軍勢を見て舌を巻いた。戦闘の始まる前から敗北が確定しているといってよい。
「大丈夫。危なくなれば必ず陛下が助けにきてくれるよ」
ユーラが同意を求めるようにティースの顔をのぞき込んだ。ここにいない人物がどうやって助けてくれるのか、頭でそう思いつつも少女に見つめられてティースの胸は高鳴り、不思議と勇気が沸いてきた。彼はこぶしを握り締めた。今なら、勝てるかもしれない。
「やってやるぜ。ついて来い、ユーラ!」
「はいっ」
戦闘が始まった。勝てるかもしれないという気分は、すぐに吹き飛んだ。瞬く間に配下のモンスターが駆逐されてしまったのだ。ティースは、退却するしかないと判断した。文無し生活が待っているが、それを悔やめるのも命があってこそだ。
「ユーラ、退却するぞ!」
叫ぼうとした時、ユーラの背後に敵のドラゴンが迫っているのが見えた。「あぶないユーラっ!」ティースはユーラに駆け寄ると、その勢いで彼女を突き飛ばした。
「きゃっ!」
「うあっ!」
ドラゴンの尾がティースを薙いだ。吹き飛ばされ地面にたたきつけられるティース。
「げほっ……」
「ティース、逃げて!」
休む間もなく、ユーラの悲鳴が耳に入った。ドラゴンが巨大なあぎとを開いてティースに向かってきていた。ティースは、立ち上がろうとして激痛に身をよじった。あばらが折れているらしい。
(よけられないッ!)
動けないティースが覚悟したその時、何かがきらめきドラゴンの首がぽろりと落ちた。
「……え?」
光のきらめいた方向を見上げると、まぶしい陽光に照り映える金の鎧に身を固めた人物が立っていた。それはここにいないはずの人物。
「陛下!」
ティースとユーラの声が重なった。
「よう、ティース」
そして、次にドリストが口にした言葉は、ティースにとって一生忘れることのできない衝撃となった。
「こんな所でなにをやっているのだ?」
ドリストは、呆然と口をあけているティースから前方の敵へと視線を移す。
「まあいい。いくぜェ、おめえら!」
ドリストの掛け声に背後に控えていたモンスターたちは一斉に咆哮し、あたりの空気をびりびりとふるわせながら敵陣に駆け上っていく。瞬く間に敵は陣形を崩し、撤退を始めた。ティースはただぽかんと口を開けながら、狂王の戦い振りを眺めていた。
「ん~~~、すっかり忘れていたぜェ」
数日後、再び呼び出されたティースとユーラに狂王は信じられないようなことをさらりと言ってのけた。いるはずのないドリストがあの場所に現れたのは、自ら命じた出陣命令を忘れていたためだったというのだ。
「わ、忘れていたって……」
「敵を片っ端からぶっ潰すほうが俺様の性に合ってるんだよ。テメェらに命じたことなんざいちいち覚えてられっか。いいじゃねェか。勝ったんだからよ」
ドリストは悪びれる風もなく言った。
「はい。カッコよかったです。ドリスト様!」
ユーラがうなずく。ティースはいまいち釈然としないが、助けられたことは事実なので感謝を述べた。
「ありがとうございました。あのまま戦っていたら、負けていました」
「ん~~~? 負けていた、だとぉ?」
「い、いえ……、い、いやぁ、おしかった。あと少しで勝てるところだったんですけど……ははは……」
あたふたと訂正するティース。
「ま、しかしテメェらは、俺様のおかげで戦いを存分に楽しめたわけだ」
「はい!」
笑顔のユーラ。ティースは二度とあんなのはごめんだと思ったが、実は悪いことばかりでもなかった。形はどうあれ戦いに勝利したおかげで、ダーフィーたちとの賭けに一人勝ちを収め、たんまりと払戻金を受け取ったのだ。ティースは心底悔しがるダーフィーを思い出し、ほくそ笑む。
そして、唐突にドリストは言った。
そして、唐突にドリストは言った。
「じゃ、ティース。金を出してもらおうか」
「えっ!?」
ティースの表情が凍りついた。
「賭けてたんだろ?」
狂王はにやにや笑っている。ティースの胸中に新たな疑惑がわきあがった、まさか陛下は賭けの行方を見越して、わざと自分とユーラを出陣させ、助けたのか?
(でも、さっきは忘れていたと確かに……)
考えれば考えるほどわからない。頭を悩ますティースに構いもせず、ドリストは高らかに宣言した。
「国の行く末を決める戦争を賭けのネタにして私腹を肥やそうなんざ、とんでもねェ。その金、俺様が豪華な戦勝祝賀会に遣ってやるぜェ!」
ティースはとぼとぼと宴会場を後にした。背後からは狂王と取り巻きたちの乱痴気騒ぎの喚声。大ケガをしてまで戦ったのに財産を巻き上げられ、人生踏んだり蹴ったりだ……。彼はため息をつき、それから誰かの足音に気づいた。
振り返ればユーラが追いかけてきていた。ティースに追いつくと息せきらせながら口を開いた。
振り返ればユーラが追いかけてきていた。ティースに追いつくと息せきらせながら口を開いた。
「助けてくれて、ありがとう」
可憐な微笑みを見せ、また会場へと走り去っていった。それは初めてティースに向けられた笑顔だった。
ティースはしばらく立ち尽くしていたが、
ティースはしばらく立ち尽くしていたが、
「ひゃっほう! ありがとう、陛下!」
ケガも財産も些細なこと。恋する若者は大きくガッツポーズをして飛び跳ねた。
-完-
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