【花守り】-後編-
レオニアの聖都ターラ。王宮では夕方から舞踏会が開かれていた。戦時ということもあり、例年に比べて質素ということだったが、人々の服装も料理の豪華さも、田舎育ちのバーリンにとっては充分に華やかに感じられた。
「凄いもんだねぇ。あたしはなんだか場違いな所にいる気がするよ」
華やかに着飾った人々と自分の服装とを見比べながらバーリンは感心した。
「そんなことないさ。君も充分に魅力的だよ」
イスファスが微笑みながら答えた。ふたりとも踊りの輪に加わらず、飲み物を片手に壁にもたれかかっている。
「そ、そうかな……」
バーリンは服のすそをもてあそんだ。たまに誉められるとどういう反応をすれば良いのか見当もつかない。しばらくうつむいていたバーリンは、思い切って顔を上げた。
「じゃあさ、お互い踊る相手もいないことだし、よかったら……」
踊ってくれないかな、そう言おうとしたとき会場がどよめいた。
「なんだろ?」
バーリンが人々の視線を追うと、そこは広間の階段の上。真紅のドレスを身にまとったシャーリンが立っていた。彼女はゆったりとした歩調で階段を降りる。氷の華と称される彼女の登場に会場は水をうったように静まり返った。人々の視線を浴びながらシャーリンは、壁にもたれかかっているイスファスの前までやって来た。
イスファスは驚いた風もなく、シャーリンに尋ねた。
イスファスは驚いた風もなく、シャーリンに尋ねた。
「どういう風の吹き回しかな?」
「私がおまえと踊らないことには納得しない者がいるんでな」
シャーリンはちらりとバーリンを見た。イスファスもつられるようにバーリンを見る。バーリンは、ふたりの視線をそ知らぬ顔で受け流した。
「ふ、まあいい」
シャーリンは、手を差し出した。
「踊ってくれるのだろう?」
「よろこんで」
イスファスは、シャーリンの手を取ると広間の中央へといざなった。
ふたりとも長身の上にダンスがうまい。会場の誰もが優雅に踊るふたりに心を奪われた。
ふたりとも長身の上にダンスがうまい。会場の誰もが優雅に踊るふたりに心を奪われた。
(あーあ。結局、壁の花か)
ひとり残されたバーリンは、ため息をついて飲み物に口をつけた。
(やっぱ、こなけりゃよかったかねぇ……)
「誰にも誘ってもらえねェみたいだな、バーリン」
突然声をかけられ、バーリンは驚いて振り向いた。声の主は、舞踏会には来ないと言っていた幼馴染み。
「キルーフ! こないっていってたじゃないか」
「イスファスの兄貴に参加しろっていわれたんだよ」
キルーフは手に持っている鳥の手羽先を口に押し込んだ。
(イスファスさんが……?)
「料理がうまいのはいいけどよォ。俺たちにはこういう行事は向かねェな」
もぐもぐと口を動かしながらキルーフは会場をみまわした。その後彼は手当たり次第に料理を口へと運び、一通り食べ終えるとテーブルクロスで指を拭いた。バーリンは、そんなキルーフの様子をぼんやりと眺めていた。
「さてと、兄貴への義理も果たしたし、戻るとすっかな」
伸びをひとつすると、会場から立ち去ろうとする。
しかし。
しかし。
「なんだよ、バーリン」
キルーフに怪訝そうに見つめられてバーリンは我にかえった。気付けばキルーフの服のすそを握っている。慌てて手を離すが、幼なじみはまだ片眉をあげたままバーリンを見ている。バーリンはなるべくそっけない風を装いながらキルーフに訊いた。
「あ、えーと……せっかく来たんだし、踊らないか?」
「踊るだぁッ!?」
「……いやかい?」
「う~ん……」
キルーフは腕組みしながら、夜会服姿のバーリンを頭のてっぺんからつまさきまで眺める。
「ま、一曲くらいなら、踊ってやるぜ」
「ありがと!」
「バーリンの女装なんてめったに拝めるもんでもないしな!」
バーリンは、キルーフの足を思いっきり踏みつけてやるだけで許してやることにした。
翌朝、バーリンはイスファスに会いに行った。大男はいつものように花壇に水をまいている。バーリンはそっとイスファスに近寄った。
「あのさ……キルーフ呼んでくれてありがとう」
「礼を言われるようなことをした覚えはないな。私の方こそいい思い出ができた。君のおかげだ、ありがとう」
「思い出って……まさか、あれだけで終わりにしようってんじゃないだろうね?」
「あれで終わりさ」
「何いってんだい、これからじゃないか。押せば絶対にうまくいくって」
「そうかもしれない。だけど例えそうだとしても、彼女に必要なのはダンスのパートナーじゃない。共に戦える相棒なのさ。私も彼女も、レオニアの騎士だからね」
騎士だから、いつ戦場で命を落とすかわからない。だからふたりは恋をしないのだろうか。バーリンは、なんと言ったらいいのかわからなかった。
「私は、彼女が無事ならそれでいいと思っているよ」
何も言えずに戸惑っているバーリンにイスファスはいつもの微笑をその顔に浮かべる。その笑顔を見ていると、不思議とバーリンにもそれでいいように思えてきた。
「そんなもんかね」
バーリンはあいまいな返事をして視線を花壇へと転じた。数日前にはつぼみだった春告草が見事にその白い花弁を開いている。
バーリンは手を伸ばし、誇らしげに咲く春告草を優しくなでた。すると、花を慈しむイスファスの気持ちが、ほんの少しわかったような気がした。
バーリンは手を伸ばし、誇らしげに咲く春告草を優しくなでた。すると、花を慈しむイスファスの気持ちが、ほんの少しわかったような気がした。
-完-
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