【神の思し召し】-後編-
この一年、動くことのなかったノルガルド軍が、このジュークス城に迫っている。
ミラの報告に昼寝をしようとしていたフィエールはぼりぼりと頭をかいた。
ミラの報告に昼寝をしようとしていたフィエールはぼりぼりと頭をかいた。
「よりによって、新入りしかいない時に攻めてくるとはな」
その言葉にむっとしながら、ミラは言い返した。
「わたしもミレも帝国には仕官したばかりだけど、充分に戦えるわ」
「これも神の思し召しか。しょうがない、とりあえず戦闘の準備をしといてくれ」
ミラの言葉を聞いていたのか、いないのか、フィエールはミラにそう命じ、自分は敵の戦力を探ってくると言って外に出ていった。
ミラとミレはあわただしく戦闘の準備を整えていった。一国の騎士として戦場に出るのは初めてのことだ。
ミラとミレはあわただしく戦闘の準備を整えていった。一国の騎士として戦場に出るのは初めてのことだ。
「姉さん、いよいよね」
作業をしながらミレが気を紛らわせるように声をかけてきた。
「そうね。絶対に勝って、ベルフェレス家再興のための一歩とするわ」
そうして、すっかり臨戦体制が整った頃にフィエールは戻ってきた。ふたりは早速、敵の情報をフィエールに求める。
「大将はノルガルド王の右腕グイングライン。他の騎士たちも実力のある奴ばかり。おまけにあっちは強力なモンスターまでそろっている」
「手柄を立てられるいい機会ってことね」
ミラの言葉にミレも頷く。しかし、フィエールは首を横に振った。
「いや、勝てる相手じゃない。とっとと撤退しよう」
ミラは驚いた。
「戦いもしないうちから、敗北を認める気!?」
「俺は食うために騎士をやってるんでね。勝敗や出世なんてのは二の次なのさ」
「あなたはそうかもしれない。けど、わたしたちには家名の再興という使命があるのよ!」
「そいつは偉いな。だが今回はおあずけだ」
フィエールの口調はそっけない。
「撤退する。これは命令だ」
ミラは、なおも食い下がったが、フィエールが命令を撤回することはなかった。
配下のモンスターをひきつれてミラはとぼとぼと歩く。背後に残してきたジュークス城が徐々に小さくなり、それにつれて足取りも重くなる。
戦って敗北したのならまだ納得がいく。しかし戦う前に撤退では、一体なんのためにジュークス城を防衛するという任務についていたのかわからない。それに敗北は、双子を忌み嫌う人々に絶好の口実を与えることになる。
行軍速度は徐々に遅くなり、やがて、ついにミラは立ち止まった。
不審に思って振り返ったフィエールになかば叫ぶようにミラは言った。
戦って敗北したのならまだ納得がいく。しかし戦う前に撤退では、一体なんのためにジュークス城を防衛するという任務についていたのかわからない。それに敗北は、双子を忌み嫌う人々に絶好の口実を与えることになる。
行軍速度は徐々に遅くなり、やがて、ついにミラは立ち止まった。
不審に思って振り返ったフィエールになかば叫ぶようにミラは言った。
「やっぱり、わたし戦う! 双子が守っていたせいでジュークス城を奪われたなんて言われたくないもの! いくわよ、ミレ!」
一気にそうまくしたて、くるりと振り返る。
「姉さん、だめっ!」
ミレがミラの腕をつかんだ。
「なによ、あんたまで臆病風に吹かれたの?」
ミラは怒鳴る。
「姉さん、悔しいのはわたしも同じよ。でも今回は撤退するのが正しいと思う」
ミレは冷静な口調でそう言った。
「じゃあ、あんたは来なくていいわ。わたし一人で戦うから!」
ミラは妹の手を振り切ろうとする。しかし、反対側の腕をフィエールがつかんだ。そしてそのままミラを振り向かせると、大声で言った。
「いいか、よく聞け。ジュークス城はノルガルドにとって重要な戦略拠点だ。よしんば今回守りきったとしても、またすぐに攻め込まれる。俺たちじゃ遠からず、落とされるのがオチだ」
「だからといって戦いもせずにさっさと逃げるの? 城を落とされたら、あなたはそのままノルガルドの騎士になればいいじゃない! アルメキアから、帝国に乗り換えたみたいに!」
「俺一人だったらそうしてもいい。だがおまえらは、帝国にしか居場所がないと言ってただろうが!」
フィエールは今まで見せたことのない、真面目な表情でミラを見つめている。
ミラは、はっとして言葉を失った。フィエールは、彼なりに自分たちのことを考えていてくれたのだ。
ミラは、はっとして言葉を失った。フィエールは、彼なりに自分たちのことを考えていてくれたのだ。
「姉さん、わたしたちはまだ仕官したばかりだもの、機会はきっとまたあるわ」
ミレが横から声をかけてきた。
「今は撤退しよう?」
ミラは少しためらったが結局頷いた。その仕草を確認してからミレはフィエールに微笑みかけた。
「やっぱり、フィエールさんはよい方ですね」
フィエールは何も言わずに肩をすくめた。
撤退する決心を固めたミラは、顔を上げてフィエールに言った。
撤退する決心を固めたミラは、顔を上げてフィエールに言った。
「でも、戦いもせずに撤退したとなると……責任は、あなたにあるんじゃないの?」
「そんなもの適当に言い訳しとくさ。そもそも本気でジュークス城を守りたいなら、もっと大部隊を配置すべきだな」
「ずいぶん無責任ね」
「よくそう言われる」
いつもの調子に戻ったフィエールはさらりと言った。しかしミラは、そう言いながらも自分たちを逃がそうとしてくれている彼にもう腹を立てる気にはならなかった。
フィエールは、ジュークス城に視線を向けながら言った。
フィエールは、ジュークス城に視線を向けながら言った。
「あんたらなら、お家再興の夢もいつかかなうだろうさ」
気休めにもならないような言い方だが、それでもなぜかミラにはその言葉が嬉しく感じられた。しかし、素直に喜ぶのは乗せられているようで決まりが悪い。だから、ミラは軽い調子で答えた。
「すべては神の思し召し、でしょ?」
-完-
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