【赤い残映】-前編-
夕日に彩られたアルメキア王都ログレス。その広場の一角で、騎士ヘルラートは集まり始めた野次馬に紛れて、数人の兵士たちに相対している一人の男を凝視していた。
事の始まりは、兵士たちがしつこく女に絡んでいたことだった。最近ではそれほど珍しい光景ではない。北方の大国ノルガルドとの長い戦いがアルメキア王国の勝利という形で一段落した現在、王国はけだるい平和な日々の中にある。連夜のように王宮では華美を極めた舞踏会が催され、国王ヘンギストはと言えばまたもや新たな寵姫を迎えるという。アルメキア王国という大樹の根幹から始まった頽廃は今や枝葉にまで広がり始めていた。
街の住人たちは兵士と女のやりとりを遠巻きに見守りながらも、王国の威信を笠に着た兵士の横暴な振る舞いに対して誰も異を唱えることができないでいた。
そこに、その男は現れた。板金鎧と太刀とで武装した男は兵士たちに歩み寄ると、女をかばうようにして割って入った。その様子を見た誰もが男の勇気を心中で賞賛し、同時に王国兵を敵に回すという無謀を冒した者が迎えるであろう運命に同情した。
しかし、ヘルラートだけは気がついた。
事の始まりは、兵士たちがしつこく女に絡んでいたことだった。最近ではそれほど珍しい光景ではない。北方の大国ノルガルドとの長い戦いがアルメキア王国の勝利という形で一段落した現在、王国はけだるい平和な日々の中にある。連夜のように王宮では華美を極めた舞踏会が催され、国王ヘンギストはと言えばまたもや新たな寵姫を迎えるという。アルメキア王国という大樹の根幹から始まった頽廃は今や枝葉にまで広がり始めていた。
街の住人たちは兵士と女のやりとりを遠巻きに見守りながらも、王国の威信を笠に着た兵士の横暴な振る舞いに対して誰も異を唱えることができないでいた。
そこに、その男は現れた。板金鎧と太刀とで武装した男は兵士たちに歩み寄ると、女をかばうようにして割って入った。その様子を見た誰もが男の勇気を心中で賞賛し、同時に王国兵を敵に回すという無謀を冒した者が迎えるであろう運命に同情した。
しかし、ヘルラートだけは気がついた。
(ほう、騎士か……)
男は騎士だった。ヘルラートの心に興味がわいた。戦いの行く末にではない。ただの武装した人間にすぎない兵士と、いにしえの神々の力を引き継ぐルーンの騎士とでは格が違いすぎる。彼は騎士の腕前を見てみたかったのだ。
ヘルラートは特定の君主につくことなく戦いに生きる騎士。初めて人を斬った少年時代から、生きる場所を戦いの中に見出してきた。つい先頃までは傭兵として戦場を転々としていたが、大国同士の戦いが終わってしまったために行き場を失ってしまった。今の彼は腕のいい騎士を求めて街から街を渡り歩き、手合いを申し込んではこれを斬り伏せる日々を過ごしている。
眼前の騎士に手合わせをするだけの価値があるかどうか、ヘルラートは目を据えて男の実力を見極めんとする。
兵士たちは男が騎士であることには気づいていない。馬鹿にしたような表情を浮かべながら男を取り囲んだ。しかし、騎士は兵士たちを無視して女に近付くと彼女を連れてその場を離れようとする。騎士としての余裕がそのように行動をさせたのだろうが、兵士たちはこれを侮辱ととった。彼らは抜刀し、血気にはやった一人が男に突進した。
斬りかかられた騎士は剣も抜かず、落ち着いてさらりと兵士の攻撃をいなす。勢い余った兵士は滑稽なほど無様に地面に転がった。
ヘルラートは特定の君主につくことなく戦いに生きる騎士。初めて人を斬った少年時代から、生きる場所を戦いの中に見出してきた。つい先頃までは傭兵として戦場を転々としていたが、大国同士の戦いが終わってしまったために行き場を失ってしまった。今の彼は腕のいい騎士を求めて街から街を渡り歩き、手合いを申し込んではこれを斬り伏せる日々を過ごしている。
眼前の騎士に手合わせをするだけの価値があるかどうか、ヘルラートは目を据えて男の実力を見極めんとする。
兵士たちは男が騎士であることには気づいていない。馬鹿にしたような表情を浮かべながら男を取り囲んだ。しかし、騎士は兵士たちを無視して女に近付くと彼女を連れてその場を離れようとする。騎士としての余裕がそのように行動をさせたのだろうが、兵士たちはこれを侮辱ととった。彼らは抜刀し、血気にはやった一人が男に突進した。
斬りかかられた騎士は剣も抜かず、落ち着いてさらりと兵士の攻撃をいなす。勢い余った兵士は滑稽なほど無様に地面に転がった。
「野郎ッ!」
残りの兵士たちも一斉に男に斬りかかる。だが、男はことごとく剣をかわしてみせた。その無駄のない動きにヘルラートは感心した。相当な手練だ。ヘルラートの心にどうしてもこの騎士と戦いたいという欲求がわき起こった。
一方、軽くあしらわれた兵士たちは冷静でいられるはずがない。一人が騎士の隙をついて素早く回り込むと、背後にいた女を後ろ手につかみあげ、首筋に剣先をあてた。女が声にならない悲鳴を上げる。
一方、軽くあしらわれた兵士たちは冷静でいられるはずがない。一人が騎士の隙をついて素早く回り込むと、背後にいた女を後ろ手につかみあげ、首筋に剣先をあてた。女が声にならない悲鳴を上げる。
「へっ、おとなしくしてもらおうか!」
「卑劣な!」
騎士はそう言いながら、観念したように足を止めた。
「なめてくれたお返しをしてやるぜ」
他の兵士が剣を構えたまま騎士に近付く。騎士は兵士をにらみつけるだけで動かない。
(あのまま殺されるとも思わぬが、傷ついてしまっては相手にする甲斐がない)
ヘルラートは増えた群衆に紛れたまま女を人質に取っている兵士にできるかぎり近付くと、一息に人垣から飛び出して斬りつけた。
「ぐあッ!」
斬られた兵士が血しぶきをあげて倒れる。誰の目にも致命傷であることは明らかだ。女が自由になり、一気に逆転した形勢に兵士たちは顔色を変えた。
「やべェ……ずらかれ!」
あわてふためきながら逃げようとする兵士の一人を背中から斬る。続けて三人目を斬ろうとしたとき、騎士がヘルラートの腕をつかんだ。兵士たちは野次馬をかき分け、路地裏へと消えていく。野次馬たちから喝采があがったが、騎士はヘルラートの腕をつかんだまま言った。
「なぜ殺した」
騎士はじっとヘルラートを見つめている。精悍な顔つきだ。年齢はおそらくヘルラートよりも若い。
「助けてやった礼ぐらいは欲しいものだな」
ヘルラートが言うと、騎士はつかんでいたヘルラートの腕を放し憮然とした表情のまま言った。
「私はレイオニール。剣の道を志す者。助勢には感謝する。だが……殺す必要はなかった」
「どうせ生きていてもろくな事をしない連中だ。死んだところでどうということはあるまい。それより、剣の道を志しているのならちょうどいい。俺はヘルラート。騎士だ。俺も腕試しの相手を捜していた。俺と手合わせしてもらおう」
ヘルラートはそう言いながら、血のりのついたままの剣先をレイオニールに突きつけた。周囲の観衆がどよめく。しかし、レイオニールは冷静だ。
「いや、修行中の身ゆえ、手合わせなどはいたしかねる」
ヘルラートは両目を細めた。兵士を殺さぬ甘さと、剣の道を志すといいながら手合わせを断る態度が癇にさわった。彼は先ほど助けたはずの女の手首を荒っぽくつかんで引き寄せると、兵士がそうしたように首筋に剣先をあてる。
「断ればこいつを殺す、といったら?」
腕の中の女は事態を飲み込めないらしく、きょとんとしている。
「……しかたあるまい」
レイオニールは、眉にしわを寄せた。
「いい心がけだ」
ヘルラートは女を突き飛ばすと、冷ややかな笑みを浮かべた。
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