【ソフィアの憂鬱】-前編-
(※画像がありません)
「女王陛下にお目通り願いたい!」
レオニア王宮ターラの控えの間。今日もやってきたその男に、レオニアの騎士であり女王付きの女官でもあるソフィアは、うんざりしながら応対した。
「女王陛下はご多忙です。ご用件なら、まずわたしが承ります」
「ソフィア君、これは国家の大事。君ごときに話すわけにはいかない。この作戦でレオニアは必ず生まれ変わる。今度、私が戦うとき、人々は私を戦場の悪魔と呼ぶことになるだろう!」
声の主――騎士ランゲボルグはそう一気にまくし立てた。手には、書類とも紙クズともとれる得体の知れない紙の束を抱えている。
自称レオニアの頭脳(ソフィアに言わせれば、レオニアの無能)、ランゲボルグは、ノルガルド出身で、レオニアに仕官してきた騎士。いっぱしの軍師を気取り、たつまき作戦、レインボー作戦、泥沼作戦などなど、名前を聞いただけで頭を抱えたくなるような作戦案を携えて女王の元に日参してくる。それをなんとか断るのが最近のソフィアの日課だ。
自称レオニアの頭脳(ソフィアに言わせれば、レオニアの無能)、ランゲボルグは、ノルガルド出身で、レオニアに仕官してきた騎士。いっぱしの軍師を気取り、たつまき作戦、レインボー作戦、泥沼作戦などなど、名前を聞いただけで頭を抱えたくなるような作戦案を携えて女王の元に日参してくる。それをなんとか断るのが最近のソフィアの日課だ。
「今度戦うときって、あなたいっつも調子が悪いとか言って戦場に出ないじゃない」
「ふう」
ランゲボルグはあきれたとでも言いたげに大きくため息をつき、やたら大仰に首を振った。それから哀れむような目でソフィアを一瞥する。
「なにも戦場に出るだけが騎士の戦いではない。君にはそんなこともわからないのかね?」
「ふ~ん、じゃ、その戦場以外の戦いって言うのを説明してちょうだい」
「う、そ、それは……」
ソフィアが語気を荒らげて詰め寄ると、ランゲボルグは気おされ後ずさった。
「それは?」
さらに詰め寄るソフィア。すると……。
「……む、新たな戦いの予感! ここで君と話しているヒマはない。さらばだ、ソフィア君!」
言うやいなやランゲボルグは控えの間からそそくさと退室してしまった。
その後ろ姿を眺めながらソフィアは深く息を吐いた。
その後ろ姿を眺めながらソフィアは深く息を吐いた。
「もう我慢できない! なんであんな奴がレオニアの騎士なんだ!」
その日の夕刻、務めを終えて城内の廊下を自室へと戻る道すがら、ソフィアは親友である騎士フィロに心情を思い切りぶちまけた。
「そんなに怒ると、体に毒だよ」
生来のんびりした性格のフィロはソフィアの一歩後ろを歩きながら、おっとりとした口調で言った。
「あなただって、腹が立つでしょう?」
フィロの言葉にソフィアは、体ごと振り向いて尋ねた。フィロもソフィアと同じく、騎士でありながら女王の女官をつとめており、それだけでなくふたりはかつて賢者ソロンの元で共に学んだ間柄でもある。
「う~ん、でもランゲボルグさんも、ソフィアが言うほどにはしつこくないけど……?」
フィロは、記憶をさぐるかのように視線を宙に向けた。
「……フィロ、いつもあいつになんて言ってるの?」
ソフィアは驚いて聞き返した。あのランゲボルグがそう簡単に引き下がるなんて想像できない。
「え? 別に……わたしじゃよくわからないから、パテルヌス司教にきいてきます、って言ってるだけだけど?」
「その手があったか……」
ソフィアはがっくりと肩を落とす。今までまじめに相手をしていた自分が馬鹿みたいだ。だが、そんな事に気付いたぐらいでランゲボルグに対する怒りが収まるわけではない。
「とにかく……いっつも訳のわからないことばかり言って女王陛下の足をひっぱるランゲボルグなんて、レオニアにとって百害あって一利なし! あんなやつ、ノルガルドにいてくれた方がよっぽどレオニアの役に立ったわ!」
ソフィアは後ろ向きに歩きながらこぶしをぐっと握りしめ、力を込めてまくしたてた。
「あっ」
その言葉とほとんど同時にフィロが驚いたような声をあげる。何ごとかと思ったソフィアは、フィロの視線の先にあるものを確かめようと振り返った。
すると、そこに立っていたのは当のランゲボルグ本人。
今の言葉を聞かれなかったはずがない。さすがのソフィアもこれにはバツが悪かった。だが、聞かれてしまった以上は仕方がない。
すると、そこに立っていたのは当のランゲボルグ本人。
今の言葉を聞かれなかったはずがない。さすがのソフィアもこれにはバツが悪かった。だが、聞かれてしまった以上は仕方がない。
「なによ!」
ソフィアは開き直って、ランゲボルグをにらみつけた。しかし、ランゲボルグは答えず、ぼう然とした表情を浮かべたままふたりの横を通り過ぎると、廊下の奥へと消えていった。
「……謝った方がいいんじゃないかな?」
フィロが先に口を開いた。
「わ、わたしは悪くないわ。本当のことをいっただけだもの」
「たとえ本当のことだとしても、もう少し別の言い方で伝えるべきだと思うよ。真実を正面から受け入れることのできる人間は少ないって、ソロン師匠もおっしゃっていたでしょ?」
「で、でも……」
ソフィアの声にさっきまでの力強さはない。後悔の念がちらりと胸をよぎる。彼女は昔から、つい口が滑って失敗することが多かった。
「ランゲボルグさん、落ち込んでいなければいいけど」
廊下の奥へと視線を向けながら、フィロはランゲボルグを思いやった。
そして翌日、ランゲボルグは宮廷に出仕してこなかった。
(やっぱり、言い過ぎたか……)
さすがに騎士としてのプライドを傷つけてしまったかもしれない。良心の呵責にソフィアの胸がちくりと痛んだ……。