【遠い約束】-前編-
地図に名前も載らぬほど小さな辺境の村。その中央広場はまだ早朝だというのに集まった村人たちでにぎわっていた。
――レオニアの女王は代々神託によって選ばれる。
誰もが知っていて、かつ誰もが夢だと思っている話だ。レオニアの少女は皆、女王になることを一度は夢見、大人になるとそんな夢を見ていたことすら忘れて日々の生活に追われるようになる。神託とはそういうたぐいのおとぎ話のはずだった。
そのおとぎ話がこの村で現実のものとなった。次代の女王に選ばれたのはまだ16歳の少女リオネッセ。長老ですら現女王の御尊顔を拝したことがないというのに、今度はあまりにもよく知られているリオネッセが女王になるというのだ。都から神託を携えた神官アスミットがきてからのここ数日間、村人たちは上を下への大騒ぎだった。
そして間もなく、リオネッセは女王になるために都に向けて出発する。
しかしただひとり、それを承知しない者がいた。リオネッセの幼なじみの少年キルーフだ。キルーフは肩をいからせ足ばやに広場に向かっていた。幼い頃からリオネッセを知るキルーフには彼女が女王になることを承諾したのが信じられなかった。
そして間もなく、リオネッセは女王になるために都に向けて出発する。
しかしただひとり、それを承知しない者がいた。リオネッセの幼なじみの少年キルーフだ。キルーフは肩をいからせ足ばやに広場に向かっていた。幼い頃からリオネッセを知るキルーフには彼女が女王になることを承諾したのが信じられなかった。
(あいつも女王にあこがれていたんだろうか)
彼は歩きながらふたりがまだ幼かった頃を思い出していた。十年も昔、リオネッセを女王の役にして皆で騎士ごっこをしたことがあった。キルーフは木の枝で剣をつくって腰につるしたし、リオネッセは木の実でネックレスをつくって身を飾った。そして彼は仕上げに家にあった薄汚れたリボンをリオネッセにささげた。騎士が女王に忠誠の証としてささげる誓いのリボンを真似たのだった。
だがそれは幼い頃の話だ。あこがれだけで女王がつとまるはずがないことはキルーフにはわかっていたし、リオネッセにもわかっているはずだ。
だがそれは幼い頃の話だ。あこがれだけで女王がつとまるはずがないことはキルーフにはわかっていたし、リオネッセにもわかっているはずだ。
(おとなしいリオネッセのことだ。女王になってくれと頼まれて断れなかったに違いねぇ。都の神
官だかなんだか知らねぇがここは俺が一発ガツンとやってやるぜ!)
官だかなんだか知らねぇがここは俺が一発ガツンとやってやるぜ!)
神託がもたらされてから今日までリオネッセに会うことができなかった。これが最初で最後の機会だ。キルーフが決意を胸にひめて広場に到着すると、人垣のむこうに幼なじみと都の神官の姿が見えた。ふたりは人々に別れのあいさつを終えて、都へと向かう豪華な馬車に乗り込もうとしているところだった。
キルーフは群衆を押しのけて馬車の前へと進み出た。まといつく村人たちの視線を気にもせずに彼はアスミットに向かって怒鳴った。
キルーフは群衆を押しのけて馬車の前へと進み出た。まといつく村人たちの視線を気にもせずに彼はアスミットに向かって怒鳴った。
「待ちやがれ!」
「キルーフ!」
驚いたリオネッセが声をあげた。
「私になにか用か?」
アスミットは突然のちん入者にも動じない。
「リオネッセを連れて行かせはしねぇ。どうしてもってんなら俺に勝ってからにしやがれ!」
アスミットは静かに息を吐いた。
「おまえがキルーフか? どうやら、話に聞いていたよりも頭が足りないようだな」
「なんだと、もう一度言ってみろ!」
「おまえは今の生活が変わってしまうことを恐れているのだ。だからリオネッセ様を引き止めることしか考えられない。変わってもよいものと、変えてはいけないものの区別がつかぬのなら、リオネッセ様のことは忘れることだ」
「説教なんざ聞きたかねぇ。これでも食らいやがれ!」
「やめて、キルーフ!」
リオネッセの制止もきかずにキルーフはアスミットに素手で殴りかかった。
にわかな出来事に村人たちから喚声があがり、広場は興奮につつまれた。
神官はキルーフの攻撃をさらりとかわすと、すれちがいざまにキルーフの足を引っかけた。キルーフはあっけなく地面に倒れ伏した。
人々から落胆のため息がもれる。
にわかな出来事に村人たちから喚声があがり、広場は興奮につつまれた。
神官はキルーフの攻撃をさらりとかわすと、すれちがいざまにキルーフの足を引っかけた。キルーフはあっけなく地面に倒れ伏した。
人々から落胆のため息がもれる。
「なめたことしてくれるじゃねぇか……」
キルーフは立ち上がった。
「力だけでは戦いに勝つ事はできんぞ」
アスミットはすまし顔だ。
キルーフは再び拳を固めた。野次馬たちも彼に無責任な激励の声をかける。
キルーフは再び拳を固めた。野次馬たちも彼に無責任な激励の声をかける。
「二度とそんな口をきけねぇようにしてやる!」
その時キルーフはリオネッセが近付いてくることに気付いた。リオネッセは彼の正面で静かに立ち止まった。
「いま、こいつを片づけてやるからな。そうしたらおまえはもう女王になんてならなくてもいい……」
キルーフが言いかけた時。
パンッ!
乾いた音が広場に響いた。
騒然としていた広場が静まり返る。
キルーフは頬に熱と鈍い痛みを感じた。
騒然としていた広場が静まり返る。
キルーフは頬に熱と鈍い痛みを感じた。
「キルーフ、いいかげんにして!」
リオネッセが、キルーフの頬を打ったのだ。
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