【月光】-後編-
敗戦の責任を問われ、謹慎の処分を受けたブランガーネ。イヴァインは彼女の様子を見るために居室を訪れていた。暗い室内に月の光が射し込んだ瞬間、彼は姫の手に剣が握られているのを見た。
「姫、その剣で、何をなさるおつもりです?」
イヴァインは努めて穏やかに話しかけながら、姫が飛び出さないように後ろ手に扉を閉めた。
「決まっておろう。モルホルトを斬り捨てる!」
闇の中からブランガーネが答えた。
「斬ったところで何の解決にもなりません」
「誇り高きノルガルドの王族が新参者にこれほどの屈辱を受けて、どうして黙っていることができようか!」
「新参者であろうと、モルホルトはノルガルドの騎士。仲間割れをして他国に笑われることこそ屈辱なのではありませんか?」
しぼるような呻きがイヴァインの耳に入った。
「わらわが王位についていれば、あのような男など登用せぬものを……」
口調からは少しづつ、力が失われていった。
「わらわは父上のご遺志を継ぎ、ノルガルドを強大な国に育てたいのだ……なぜ、わらわは女などに生まれたのか……」
「では、国を育てたいというお気持ちをいつまでも忘れないようにしてください。たとえ王になれずとも、姫の価値は姫が女性であるというだけで消え失せてしまうようなものではありません」
「そのような甘言にほだされるものか! ヴェイナードが即位した時、地位のない者に用はない、といわんばかりに傍にいた者たちが皆、わらわのもとを去った。所詮、おまえも同類であろう!」
暗闇でブランガーネの姿が見えない分だけ、イヴァインには彼女の心がわかるような気がした。父を失ってからの彼女はきっと孤独だったのだ。王族とは近づきがたいものだし、地位を利用するにあたっては、継承権を持たない彼女は魅力に欠ける。宮廷には様々な立場の人々がいる。しかしブランガーネを心から必要とする人間はひとりもいなかったに違いない。
仲間の多いイヴァインとて、誰からも必要とされないことのつらさを想像できぬわけではない。だからイヴァインはできる限り優しく言った。
仲間の多いイヴァインとて、誰からも必要とされないことのつらさを想像できぬわけではない。だからイヴァインはできる限り優しく言った。
「姫は、必要なお方です。私にとっても、ノルガルドにとっても」
イヴァインの肌にブランガーネがじっとこちらをうかがう気配が伝わってきた。そのまましばらくの間、室内は静寂に包まれていたが、やがてブランガーネがぽつりと言った。
「レオニアの女王は……わらわの望むものをすべて持っていた。だから、なんとしても倒したかった。消してしまいたかった。おまえは戦のさなかに我を忘れ、軍を敗北に導くような者が必要と申すか」
「はい。姫はいずれ必ずノルガルドに勝利をもたらしてくださるお方と信じております。私が姫の力になりましょう。できることがあれば、何なりとお申し付けください。ひとりでは無理なことも協力すれば、きっとうまくいくはずです。そして次こそ勝利しましょう。ノルガルドのためにも。あなたのためにも」
そう言いながら彼はブランガーネに向かって数歩踏み出した。
雲間から姿を見せた月が再び室内をやわらかい光で満たした。イヴァインはぎくりとした。それほど広い部屋ではない。いつの間にか彼はブランガーネのすぐ傍まで来ていたのだ。ブランガーネの顔が目の前にあった。彼女は瞬きもせずにこちらを凝視している。ふたりの視線が絡み合った。
しかし次の瞬間、イヴァインの視線を断ち切るようにブランガーネの剣が振り上げられた。
雲間から姿を見せた月が再び室内をやわらかい光で満たした。イヴァインはぎくりとした。それほど広い部屋ではない。いつの間にか彼はブランガーネのすぐ傍まで来ていたのだ。ブランガーネの顔が目の前にあった。彼女は瞬きもせずにこちらを凝視している。ふたりの視線が絡み合った。
しかし次の瞬間、イヴァインの視線を断ち切るようにブランガーネの剣が振り上げられた。
「さがれ!」
切っ先がイヴァインの前髪をかすめ、いく筋かの髪が宙を舞う。
イヴァインは、深く一礼すると後ろへ下がった。 そして退室するために扉をあけ、気づいた。
モルホルトがこちらに歩いてきたのだ。
あの男が姫の様子を見に来るはずがない。イヴァインは目をすがめた。
イヴァインは、深く一礼すると後ろへ下がった。 そして退室するために扉をあけ、気づいた。
モルホルトがこちらに歩いてきたのだ。
あの男が姫の様子を見に来るはずがない。イヴァインは目をすがめた。
「ブランガーネ様に過日のような行動を慎んでいただけるようお願いにあがりました」
モルホルトはイヴァインの疑問を察したように言った。ブランガーネはレオニア出撃の指揮権を、ヴェイナードに直接挑みかかることで手にしていた。同じ事をしないようにと釘をさしに来たのだ。
イヴァインは緊張し、背後に気を配った。もしここで姫がモルホルトに斬りかかったら……。
だが、彼女が剣を振りかざすことはなく、かわりに力強い答えが返ってきた。
イヴァインは緊張し、背後に気を配った。もしここで姫がモルホルトに斬りかかったら……。
だが、彼女が剣を振りかざすことはなく、かわりに力強い答えが返ってきた。
「そのようなことせずとも、今回はおまえの決定に従ってやる。一ヶ月の謹慎などすぐに解けよう。その時こそ、我が恐ろしさをレオニア女王に見せてくれようぞ」
その言葉を聞いたモルホルトは何も言わずに頭を下げ、きびすを返した。
「さすがは、白夜の女神です」
安堵したイヴァインもブランガーネに微笑んだ。暗がりにいる彼女の表情はイヴァインには見えなかった。
「モルホルト殿」
部屋から少し離れた所でイヴァインは前を歩く軍師を引き止めた。モルホルトが振り向く。イヴァインは言うべきかどうか迷ったが、思いきって言った。
「人は、理屈だけでは動かぬもの。情を殺した今のあなたのやり方は、いかに正しかろうと信頼を得るよりも反感を買うことのほうが多いと思います。あなたは、それでよろしいのか?」
モルホルトは遠くを見るような目をした。
「……大切なことは、陛下が帝国を倒し大陸を統一すること。私がどう思われているかはたいした問題ではありません」
まるで理解されることを望んでいないような口調だ。
「それに、嫉妬や復讐に生きるとき、人が失うものは大きい」
それは彼自身のことだけを言っているようには聞こえなかった。
もしかすると、モルホルトはブランガーネの危うさを理解して、あえて厳しい処分を下したのだろうか。
イヴァインは返す言葉も見つからずに、立ち去っていくモルホルトの背中をただ見つめていた。
もしかすると、モルホルトはブランガーネの危うさを理解して、あえて厳しい処分を下したのだろうか。
イヴァインは返す言葉も見つからずに、立ち去っていくモルホルトの背中をただ見つめていた。
-完-
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