【終の願いは】-前編-
いくつもの篝火が、音のない夜の地平を焦がしている。すべて敵国ノルガルド軍の篝火だ。
レオニアの聖都ターラは白狼王ヴェイナード率いるノルガルド軍に包囲されんとしていた。ヴェイナードの宣戦布告から一年半弱。緒戦こそ勝利で飾れたものの、アルメキア王国との長き戦いをくぐり抜けてきたノルガルドと、祭祀国であるレオニアとでは力の差は歴然、レオニアは苦しい戦いを強いられた。
レオニアの聖都ターラは白狼王ヴェイナード率いるノルガルド軍に包囲されんとしていた。ヴェイナードの宣戦布告から一年半弱。緒戦こそ勝利で飾れたものの、アルメキア王国との長き戦いをくぐり抜けてきたノルガルドと、祭祀国であるレオニアとでは力の差は歴然、レオニアは苦しい戦いを強いられた。
苛烈をきわめる戦いに、さらに追い討ちをかけるように、南方のイスカリオがハドリアン砦に攻め込んできた。イスカリオはエストレガレス帝国と激しい交戦状態にあったため、狭隘な谷間に位置し難攻不落で名高いハドリアン砦が攻め込まれる事など、誰も予想だにしていないことだった。イスカリオの狂王ドリストの気まぐれな一撃は、しかし、レオニアにとって致命的だった。
「お話とはなんでしょうか、女王陛下」
湖に囲まれたターラ王宮の執務室。ガロンワンドは女王リオネッセに尋ねた。背すじをのばし姿勢を正してはいるが、前線から戻ったばかりのせいで身につけている革の鎧は王宮には似つかわしくないほど汚れている。戦力の補充のために王宮に戻ったガロンワンドとキルーフは戦況報告のためリオネッセに呼び出され、その後ガロンワンドだけが残されていた。
リオネッセが椅子から立ち上がった。その表情には、隠しようもない疲れが見て取れる。
神託によって選ばれた女王であるリオネッセは、騎士となっているガロンワンドやキルーフと同じ村出身の幼なじみ。村にいた頃と何一つ変わることなくリオネッセに接しているキルーフと違い、ガロンワンドは女王と騎士という立場を考えて、しかるべき距離をおいて接しているが、心の中では、故郷の風景と思い出を共有する仲間だった。
キルーフほどではないがリオネッセとは長いつきあいになる。ガロンワンドにはリオネッセが何を言いたいのか、だいたい察しがついていた。そして多分リオネッセはそれを言い出せないことも。このままにしていたら、結局はとりとめもない話をして、それで終わりになるはずだ。
だから、ガロンワンドは黙ったままのリオネッセをのぞき込むようにして言った。
リオネッセが椅子から立ち上がった。その表情には、隠しようもない疲れが見て取れる。
神託によって選ばれた女王であるリオネッセは、騎士となっているガロンワンドやキルーフと同じ村出身の幼なじみ。村にいた頃と何一つ変わることなくリオネッセに接しているキルーフと違い、ガロンワンドは女王と騎士という立場を考えて、しかるべき距離をおいて接しているが、心の中では、故郷の風景と思い出を共有する仲間だった。
キルーフほどではないがリオネッセとは長いつきあいになる。ガロンワンドにはリオネッセが何を言いたいのか、だいたい察しがついていた。そして多分リオネッセはそれを言い出せないことも。このままにしていたら、結局はとりとめもない話をして、それで終わりになるはずだ。
だから、ガロンワンドは黙ったままのリオネッセをのぞき込むようにして言った。
「レオニアには、もう戦う力は残っていない。違うかリオネッセ?」
ガロンワンドは騎士になって以来初めて女王を名前で呼んだ。
「なんの話だったんだ、ガロン?」
執務室を出た途端、先に部屋を追い出されたキルーフが興味津々といった表情で出迎えた。ガロンワンドは小さくため息をついた。キルーフは、レオニアのためではなくリオネッセのために騎士になった。リオネッセのことが気になって仕方がないのもむべなるかな。
「知りたいか?」
ガロンはキルーフににやりと笑ってみせる。
「べ、別に知りたくもねェ! ただ、リオネッセがおまえだけに話したってのが、珍しいと思っただけだ!」
「妬いてるってわけか」
「そんなんじゃねェッ! 話がすんだんなら、さっさと前線に戻るぜ!」
むきになって否定する様子をながめながら、相変わらず単純な奴だ、とガロンワンドは思う。
「教えてやってもいいぜ」
歩き出そうとするキルーフの背後からガロンワンドは言った。
「何ッ」
立ち止まるキルーフ。
「ちょっと、ここじゃできそうにない話でな……」
そっと耳打ちする。
「俺の部屋まで来てくれ」
キルーフはうなずいた。
部屋の前まで来たガロンワンドはキルーフを先に部屋に入れさせると、後ろ手に扉を閉めた。それから大きく深呼吸する。
部屋の前まで来たガロンワンドはキルーフを先に部屋に入れさせると、後ろ手に扉を閉めた。それから大きく深呼吸する。
「で、なんの話だったんだ?」
そう言ってキルーフが振り向こうとした瞬間、ガロンワンドは渾身の力を込めた手刀をキルーフの無防備な首筋に叩き込んだ。
「テメェ……」
一瞬驚いたような表情でガロンワンドを見つめ、それからキルーフの体は力を失った。
「悪いな、キルーフ」
ガロンワンドは倒れかかってきたキルーフの体を抱きとめながら言った。
「俺はレオニアを捨てる。おまえも一緒に来てもらうぜ」
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