【戴冠式は絢爛に】-後編-
目覚めた時、シュストは自分がどうして粗末な小屋にいるのかがわからなかった。
とりあえず意識の醒めやらぬままに上半身をベッドから起こすと、途端に小屋の中がうねりながら回転した。吐き気に襲われたシュストは両の手のひらで顔を覆い必死に耐える。
めまいの最中に、これまで起こったことが閃光のように瞬いた。彼はナイトマスター・ディナダンを王宮へと連れていくためにここを訪れ、のらりくらりとはぐらかすディナダンに業を煮やして殴りかかり……返り討ちにあったのだ。
とりあえず意識の醒めやらぬままに上半身をベッドから起こすと、途端に小屋の中がうねりながら回転した。吐き気に襲われたシュストは両の手のひらで顔を覆い必死に耐える。
めまいの最中に、これまで起こったことが閃光のように瞬いた。彼はナイトマスター・ディナダンを王宮へと連れていくためにここを訪れ、のらりくらりとはぐらかすディナダンに業を煮やして殴りかかり……返り討ちにあったのだ。
「やっと目を覚ましたか」
ちょうどディナダンが外から帰ってきた。
「まだ立ち上がらんほうがいい。丸一日寝てたんだからな」
途端にぼんやりとしていた意識が冷水を浴びせられたようにはっきりした。
丸一日!? 戴冠式は明日ではないか!
シュストは飛び起きた。再びめまいに襲われ、大きく体が揺らぐ。
無理をするなというディナダンの言葉を無視して、シュストはふらつく足で床を踏みしめた。それからナイトマスターをにらみつける。
丸一日!? 戴冠式は明日ではないか!
シュストは飛び起きた。再びめまいに襲われ、大きく体が揺らぐ。
無理をするなというディナダンの言葉を無視して、シュストはふらつく足で床を踏みしめた。それからナイトマスターをにらみつける。
「おい、ディナダン。くやしいが、俺ひとりがカイ王を応援したところで民の信頼が上がるわけでもない。俺にできるのは、おまえを王宮に連れていくことぐらいだ。だがな、この役目だけはなんとしてでも果たす!」
シュストは雄叫びをあげ再びディナダンに飛びかかった。勝つことなど奇跡のようなものだとわかっていたが、あきらめるわけにはいかなかった。
奇跡は起きた。
シュストが全身全霊をかけたおかげか、それとも襲い来るめまいのせいで手元が狂うとはさすがのナイトマスターにも読めなかったのか……。
とにかく今度こそ、シュストの拳はディナダンに命中した。ナイトマスターは壁際まで吹き飛んだ。そのまましばらく驚いたように目を開いていたが、やがて頬をさすりながら立ち上がった。
奇跡は起きた。
シュストが全身全霊をかけたおかげか、それとも襲い来るめまいのせいで手元が狂うとはさすがのナイトマスターにも読めなかったのか……。
とにかく今度こそ、シュストの拳はディナダンに命中した。ナイトマスターは壁際まで吹き飛んだ。そのまましばらく驚いたように目を開いていたが、やがて頬をさすりながら立ち上がった。
「まぐれにしちゃ、上出来だ」
「とにかく、俺の勝ちだ。約束は守れ!」
言いながらディナダンに歩み寄ろうとすると、途端に重心を失った。ディナダンが素早く手をさしのべてシュストを支える。
「わかった、わかった」
ディナダンは言った。
「ま、無能な奴だったら俺が玉座から引きずり下ろしてやるさ」
「どういうことですか、陛下!」
シュストは玉座のカイに詰め寄った。無礼は承知。それでも尋ねずにはいられない。なにせシュストがやっとの思いでディナダンを連れて帰ると、戴冠式は中止になったと知らされたのだ。
王宮の広間では戴冠式の代わりにと、騎士や大臣などを招待してささやかなパーティーが開かれている。玉座の左手にすえられた台座には、きらめく王冠が飾られている。対して簡素な衣服に身を包んだカイは、一見して王とは思えない。
王宮の広間では戴冠式の代わりにと、騎士や大臣などを招待してささやかなパーティーが開かれている。玉座の左手にすえられた台座には、きらめく王冠が飾られている。対して簡素な衣服に身を包んだカイは、一見して王とは思えない。
「同じ予算を使うなら貧しい村に施療院をつくった方が役立つと思ってね」
シュストの苦労も知らずカイは言った。
「しかし……!」
声を張り上げると、ディナダンにやられたみぞおちがきりきり痛む。
「まあ、シュスト。やらないと決まったものは、あきらめろ」
急に横にいたディナダンが割り込んできた。シュストの暗い表情とは反対に嬉しそうな表情だ。
「民には施療院。なら、俺には何をくれる、カイ王?」
「わたしがあなたにあげられるものはそう多くありません、ナイトマスター」
「そんなこたぁ、ないだろう。あんたは王だ。金銀財宝、土地、なんでも使いたい放題だろう」
ディナダンは意地悪そうに微笑んだ。
「王だからといって国のものを自由にできるわけではありませんから」
カイはさらりと受け流す。
「ふむ、そいつぁ残念だ」
シュストにはわかる。ディナダンは残念がってはいない。むしろ、楽しんでいる。
「その代わりと言ってはなんですが」
カイはディナダンをまっすぐに見つめた。
「王宮で一番陽当たりのいい部屋を用意してあります。のんびりとしていてください」
その言葉にディナダンはにやりと笑った。
「俺の剣はいらないってことか。よほどの自信があるらしいな。面白い。これからはたまには顔を出してやるよ。優雅な昼寝としゃれこもう」
「私はまだ納得していません!」
もう一度割って入る。
「うるさいやつだな」
とディナダン。
ディナダンは大股で王冠の飾られている台座に歩み寄ると無造作に冠を引き抜く。それからカイの前に進み出ると、すとん、と王冠を頭に載せた。
ディナダンは大股で王冠の飾られている台座に歩み寄ると無造作に冠を引き抜く。それからカイの前に進み出ると、すとん、と王冠を頭に載せた。
「これでおまえも文句ないな?」
シュストは「ある」と言おうとしたが、それよりも早くディナダンが広間に向かって叫んだ。
「立派な戴冠式じゃないか。なあ、みんな!」
その言葉に、広間の誰かが手を叩いた。すかさず別の誰かも手を叩き始める。広間は堰を切ったように拍手で埋め尽くされた。
シュストは何も言えず憮然としていたが、簡素な服装にきらびやかな王冠というなんともちぐはぐな格好のカイを見つめるうちに、戴冠式などどうでも良くなってきた。確かに戴冠式より施療院の方が実用的だ。
ふと気付くと、ディナダンが膝を立て自分の剣をカイに渡している。新王は促されるままに剣の平でナイトマスターの肩を叩いた。忠誠を誓う刀礼に広間の拍手が一段と大きくなった。
シュストも苦笑しながら思い切り手を叩く。
後に静かなる賢王とたたえられることになるカイは、いつまでも鳴りやまぬ拍手の中、照れたような笑みを浮かべていた。
-完-
シュストは何も言えず憮然としていたが、簡素な服装にきらびやかな王冠というなんともちぐはぐな格好のカイを見つめるうちに、戴冠式などどうでも良くなってきた。確かに戴冠式より施療院の方が実用的だ。
ふと気付くと、ディナダンが膝を立て自分の剣をカイに渡している。新王は促されるままに剣の平でナイトマスターの肩を叩いた。忠誠を誓う刀礼に広間の拍手が一段と大きくなった。
シュストも苦笑しながら思い切り手を叩く。
後に静かなる賢王とたたえられることになるカイは、いつまでも鳴りやまぬ拍手の中、照れたような笑みを浮かべていた。
-完-
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