【チョビヒゲ合戦】-前編-
イスカリオの騎士キャムデンは、毎朝自慢のヒゲの手入れにたっぷりと時間をかける。石鹸で汚れを落とし、はさみで長さを調整し、仕上げに練り油で形を整えてやれば完了だ。
キャムデンがその手順を説明してやると、ギャロは元道化らしい大げさなしぐさで頷いた。
キャムデンがその手順を説明してやると、ギャロは元道化らしい大げさなしぐさで頷いた。
「そいつぁ、大変でやんすねぇ」
王都カエルセント城の中庭でキャムデンはちびちびと盃を傾けながらギャロと歓談している。狂王ドリストが君主となって以来、騎士が城の方々で酒を飲んでいる姿は珍しいものでもなくなっている。
「いえいえ、身なりを整えることは、騎士のたしなみですからね」
酒臭い息を吐きながらキャムデンは酒瓶をギャロから奪う。
「ご立派な心がけでやんす。そうそう、ヒゲの御仁といえばダーフィーさんもいらっしゃったでやんすね。どなたも手入れは大変なんでやんすかね?」
キャムデンは酒をついだ盃をくいと飲み干すと、ため息をつきながら首を振った。
「ギャロさん。あんな貧乏くさいヒゲと一緒にしないでいただきたいものですね」
「誰が、貧乏くさいヒゲだって?」
突然の声にキャムデンが振り返ると、そこにはやはり口元にヒゲをはやした男が立っていた。
「ダ、ダーフィー殿!」
キャムデンはあわてて立ち上がる。ダーフィーは浪費癖がたたって万年金欠にあえいでいるが、騎士としての腕は立つ。
ダーフィーは、つかつかとキャムデンに歩み寄ると、首に腕をまわしてきた。
ダーフィーは、つかつかとキャムデンに歩み寄ると、首に腕をまわしてきた。
「俺のヒゲは金がかかってるんだぜ。油だって最高級品でな」
「左様でございますか……」
「どこにかけるお金があるか不思議でやんすねぇ。いつも貧乏なのに……おっと」
ダーフィーのひとにらみにギャロは沈黙した。
「ま、それはともかく。俺もよう、誰かさんのインチキくせぇヒゲが我慢できねぇんだ」
ダーフィーはキャムデンの耳元でささやいた。
「……いっそのこと、剃ってくれねぇか?」
「それだけはできませんッ!」
キャムデンはヒゲを押さえてぶるぶると首を振った。
「ちっ」
ダーフィーは舌打ちすると腕を解いて背を向け立ち去るそぶりを見せた。何も起こらなかったことにキャムデンは安堵の吐息をつく。ところが、そこでギャロがぽつりとつぶやいた。
「ヒゲを賭けての決闘ってのも面白そうでやんすね」
「そいつぁ、妙案だ!」
ダーフィーが振り向いた。
「反対ですッ!!」
キャムデンは叫ぶ。ほろ酔い気分も一気に醒めていた。魔法には相当の自信があるが、呪文を唱える時間が必要な分、一対一の決闘で魔術師は不利だ。おまけに、いい加減なように見えてもダーフィーは精神修行を積んでおり、魔法が効きにくい。
ダーフィーはキャムデンの叫びなど聞こえていないかのようにギャロに言った。
ダーフィーはキャムデンの叫びなど聞こえていないかのようにギャロに言った。
「ギャロ、あんたが立会人だ」
「おまかせあれでやんす」
ギャロは胸に手を添えると観客にするかのように一礼して見せた。キャムデンはギャロを、きっ、と見据えたが、道化はおどけた笑いを浮かべるばかり。さっきギャロがダーフィーのことを話題に上らせたのはこうなることを見越しての事だったかと勘ぐりたくもなる。
「こ、こ、こんな馬鹿な話がありますか! 私はやりませんよ。決闘なんてとんでもない」
「おっと、もう立会人も決まっているんだ。戦いの放棄は……」
「負けでやんす~」
ダーフィーの言葉をギャロが受け継いだ。
キャムデンは返す言葉に詰まった。
キャムデンは返す言葉に詰まった。
「時間は明日の正午としようや。明日はせいぜい時間をかけてヒゲの手入れをするこった」
そう言い残してダーフィーは喜色満面で去っていった。ギャロもその後に続く。
「むむむむむ……」
残されたキャムデンは必死に頭を回転させた。
このままでは確実にヒゲとおさらばになってしまう。キャムデンはいつものように指先でヒゲをつまむ。
このままでは確実にヒゲとおさらばになってしまう。キャムデンはいつものように指先でヒゲをつまむ。
(ここが思案のしどころですよ)
君主であるドリストに泣きつこうにも、喧嘩上等とばかりに煽り立てられるだけだ。
キャムデンは天を仰いだ。誰かにかわりに戦ってもらいたい。
キャムデンは天を仰いだ。誰かにかわりに戦ってもらいたい。
(……待ってくださいよ)
キャムデンはヒゲをねじる手を休めた。自分で戦えないとなれば代理をたてればいい。
決闘が嫌で逃げれば騎士の名に傷が付くが、義憤に駆られた仲間が代わりに決闘に出るというならば騎士道になんら恥じることはない。
幸い、キャムデンは義憤に駆られてくれそうな騎士をひとり知っている。義憤、というよりはただ単にいつも戦いたがっているだけだが……。
キャムデンはそそくさとその騎士の元へと向かった。
その戦いたがっている騎士――バイデマギスはキャムデンの申し出を二つ返事で引き受けてくれた。
決闘が嫌で逃げれば騎士の名に傷が付くが、義憤に駆られた仲間が代わりに決闘に出るというならば騎士道になんら恥じることはない。
幸い、キャムデンは義憤に駆られてくれそうな騎士をひとり知っている。義憤、というよりはただ単にいつも戦いたがっているだけだが……。
キャムデンはそそくさとその騎士の元へと向かった。
その戦いたがっている騎士――バイデマギスはキャムデンの申し出を二つ返事で引き受けてくれた。
「いいぜ。理由なんか知ったこっちゃねぇが、楽しそうだ。まかせとけぇ!」
キャムデンの頭をばんばんと叩きながらバイデマギスはガハハと豪快に笑う。この男、頭は空っぽだが、腕力はイスカリオ一。ダーフィーもこの男にかかってはかなわないだろう。
(野蛮なことは、野蛮な方に任せればいいのです。明日のダーフィー殿の顔が楽しみですねえ)
勝利を確信したキャムデンは、ヒゲをひねりながらにやりと笑った。
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