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第二話

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q-steer

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「青い龍」の負けた決勝戦から一年。
トミオ、キョウ、タミコが第12回グランプリに名を連ねていた。
 キョウ「トミオ・・・彼女、また来てるぞ。ほら、こっち見て手ぇ振ってる!」
 トミオ「わ、わかってる。別に彼女に会いにきたわけじゃないんだよっ!」
 キョウ「(トミオ・・・なんで赤くなってるんだろ・・・)」

準決勝ラウンド。
トミオはくじ運によりこのままで決勝に行くことができるが、
キョウはグラサンの謎の男・トウジとの対戦がある。
さらにその対戦の勝者が、タミコと戦うのだ。

マシンチェックの間、それを見ていたキョウの肩を叩いてトミオが言う、

「キョウ・・・そのヴィッツ、カーボンボンネット塗装で重くなってるぞ」
「ウェイト搭載して負けたおまいに言われたくないわい」
「そんな去年の話持ち出すなよ・・・しかし、あのカラス色のシエンタ・・・
 ただものじゃない。速度がありえないよ」
「白モーター搭載なんじゃないか?」
「いや、黄モーターだったよ。それに」
「それに?」
「どうやら電池も普通にLR44が二枚。
 マシンチェックも受けてる。盗み見してきた」

―――

第二コーナーを抜け、1メートルほどのストレート。

漆黒のシエンタが、キョウのヴィッツのリアバンパーを幾度となく突いた。
キョウは思わず口走る、

「ふざけやがって・・・!」

誰でも掘られる、またそれを見るのを気持ちいいと感じるものはない。
その様子を、歯軋りをして凝視していたトミオ。
ふと、いつのまにかタミコが傍らに来ていた。どうも、と頭を下げるトミオ。
「あのシエンタ・・・SRを入れてるわ」 

―――

「え?! え、ええええすあーる?!」

眼を皿のようにしてタミコを見るトミオ。

「そう」

「わかるんですか?! でも・・・俺ちゃんとあいつがチェック受けるの見てたのに」

「特殊な周波数の電波が出てる。普通の人には聴こえない」

「それはすごいけど・・・くそ・・・あいつ、キョウなめやがって!」

「それに、どうやら彼はマジックを嗜むようね。私も以前やってたの。
 パームという技法で、マシンチェックの後でマシンを摩り替えてたのが見えた」

その技法とやらを手で模倣するタミコ。その指の動きはどこか妖艶ですらある。
トミオのそらされた眼は、再びレース会場に。
第12コーナーで、シエンタはすでにヴィッツに数台分の距離をあけていた。

「残念だけど、あなたのお友達は勝てないわね」

「じゃあ、言わないと!」

「・・・あれと対戦する次の人は私」

「?!」

「あんな酷いのははじめてみたけど、私もやってみる価値はあるわね。
 ・・・ただ、勝てないことは確かよ」


―――


スタートの合図とともに、グロテスクですらあるテカリを放ったマーチ、
そして闇の色を光らせるシエンタがダッシュをかけた。
横一列に並ぶ二台のQステア。

(おかしいな・・・あのシエンタ、さっきより遅い・・・
 ターボかけてるはず・・・だよな?)

トミオはチラリとトウジの方を見る。

その右人差し指は確かにターボボタンに置かれているが、
よく見るとタン、タンと叩くようにして指が高速で動いている。

(速いっ!・・・パルス打ちか・・・でも何故、そんなことを)

その理由は、最終コーナーを抜けて
ゴール直前のロングストレートにさしかかる頃にようやく明らかになった。

今まで仲良く横に並んでいたシエンタが、急にスピードを落とし
マーチの真後ろに密着したのだ。

気のせいか、タミコが眉を顰めたように見えた。

ガッ、ガッと音を立ててマーチにぶつかるシエンタ。

(ちっ・・・さっきもそうだけど、なんてひどい煽りかたするんだよっ・・・!)

やるせない怒りがトミオを満たした。
やがてシエンタは満足したかのように
真後ろから離脱、加速して真横、まん前へと移動。
それを追い抜こうと左右にブレるマーチ。
シエンタは彼女をさえぎりつつゴールインした。
グラサンのトウジがニヤリとした。



(違反をバラしたら・・・俺と彼女の対戦だ。でも)

トミオは握っていた拳に力を込める。

(彼女は逃げなかった。だから俺も逃げない)




そしてついに、青い龍と黒い悪魔が合間見える時となった。

(違反改造のこいつに勝つには・・・このテクニカルなコースでは、
 危険だけどリアにセロテが一番か・・・でも最後のストレートで滑るかも・・・)

そう思いつつも、工作板を出してセロテープを短冊状に切り始めるトミオ。
数分後、二台のマシンがスタートラインに並んだ。
トミオの隣にはタミコが座っている。

―――


二台は最初のコーナーを目指してストレートを併走する。
進行方向に対し左にいるのがGTR,右にいるのがシエンタだ。

(あそこでクイックターンをするには右にフェイントがいる・・・)

左に曲がるヘアピンカーブに同時に突っ込む二台のQステア。
と、シエンタが加速、GTRの右斜め前に飛び出した!

(ぐっ)

GTRはそのままカーブ内部のポールに激突。

シエンタはそれを気にも留めず暴走を続ける。二台の間はもはや数10cmだ。
解説者の声が響く。

「おーっと、ここでシエンタ、規則ギリギリのラフな行動に出たっ!
 あれっ、GTRが動かない! GTRどうした!」

(負けても・・・タミコさんのために、最後まで走る!)

再び前進ボタンを押すトミオ。

S字カーブの連続の中腹にいるシエンタを目指しターボをかける。

「GTR再び動き出したーッ! スピンか?! いや、これは・・・!」

そう、ドリフトである。
4輪駆動でなく、しかもシャーシベースの極端に短い車両に可能なのは、
通常スライドターンやアクセルターン、スピンターンが関の山である。
ある方法を用いればカウンターステアをあてつつのドリフトが可能だが、
それは重量を極端に増やし速度を低下させるし、それ以前に規則違反にもなる。

厳密にはドリフトではないが、トミオは微妙なアクセルワークをもって
コーナーを攻める間にわずかながら慣性ドリフトに成功していたのだ。
コンマ何秒かの間に垣間見えるカウンターステアは会場をどぅと沸かせた。

ドリフトもどきのスピンターンを駆使しつつシエンタを追うトミオ。
シエンタは焦りゆえの無茶な暴走のためか、コーナーに何度かぶつかる。

(よし・・・3台差・・・2台差・・・!)

二台は最終ストレートを目前に横に並んだ。

トウジが舌打ちをする。

(焦ってるな・・・だがこっちも焦れない・・・)

グラサンの男がターボボタンに指をかけた。
一気に引き離されるGTR。

(くっ・・・! やっぱり直線では・・・)

数ミリ差、数センチ差・・・数台差。ゴールは数メートル手前だ。

(もう・・・もうだめだ・・・)

トミオのターボボタンを押さえていた指の力が緩む。

と、トミオに記憶が電光石火のように蘇った。


―――

「お坊ちゃん。レースにおいての鉄則を覚えていただきたい。
 それは、いかなる屈辱を受けようとも、必ず完走すること」

「じいや、どうせ力の差があるなら無駄なことだよ。負けたらそこでおしまいじゃん」

「私が、トミオ様が小さい頃に読み聞かせた北欧神話を思い出してください。
 自分が正しいと信じたものたちは、負けがわかっていても最後まで戦いました」

「・・・」

「それにお坊ちゃんは男の子です。男に二言はあるべきではありません。
 一度戦うときめた男の言葉・・・それを、男なら守るべきです」

―――


(そうだよな・・・じいや・・・!!)

トミオの目つきが変わった。

猛然とダッシュをかけるGTR。

と、ゴールまであと数10cmのところでシエンタが妙な動きをはじめた。
お尻をフリフリしだし、やがてウンともスンとも言わなくなる。
それを横目にゴールインする青い龍。

トミオの口はぽかんと開けられていた。

(え?! こんな勝ち方って・・・アリ・・・?!)

これまでだんまりを決め込んでいたタミコがふと言う、

「・・・無理な電池の詰め方ね。あ、係員さん?」

傍にいた係員を呼び止めるタミコ。シエンタは相変わらず動かない。
トウジは必死でコントローラーを操作するが、反応はゼロだ。

「あのマシン、チェックしたほうがいいですよ。・・・特に電池の部分」

大歓声の中、シエンタが早速取り上げられる。

「あーっ、トウジさん! これSRじゃないですか!」

「し・・・知らなかったんですよ・・・今回出るの初めてだし・・・」

「レースのレギュレーションは最初に配布していますよね?」

「・・・」

「それに同意いただくサインもいただきましたよ」

「・・・忘れて・・・たんですよ・・・いや、その項目、見逃してたのかも」

ふとタミコがぼそりと言う、

「認めたら?」

その眼はレイピアのように細められ、斜め下を睨んでいる。

タミオ(こ、怖えええ・・・)

たじろくトウジ。

「そんなマシンで仮に彼に勝ったとしても、そんなのは勝ちじゃないわ」

「うっ・・・」

「係員さん、彼が正直に違反を認めたら、今回だけは見逃してあげましょうよ」

「し、しかしですね、レギュレーションと規則が・・・」

そこでタミコはトミオの方向を向き、

「彼が今回の優勝者よ。彼に決めてもらったら?」

「え、お、俺?!」

どぎまぎどぎまぎ。

「じゃ、じゃあ・・・トウジさん、違反は故意だと認め・・・るんですか?」

顔を覗きこむトミオ。

「くっ・・・・・・は・・・・・はい」

「じゃあ、今回に限って見逃すということで。ね、係員さんいいですか?」

「し、しかし・・・」

そこに、メーカーの後援者が現れた。

「優勝を何度も勝ち取ってぇ、ほら、ステア売り上げにも貢献してくれたトミオ君の言う事だ、
 今回はそういうことにしてもらってもいいじゃあ、ないかねぇ」

流石に係員も彼には頭があがらないらしく、

「は、はあ・・・」

タミコとトミオの眼が合った。微笑みあう二人。

―――終わり
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