29-1
「…で、なーんでその中間試験の勉強会ほっぽり出して、ここにいるのよ?」
いきなり怒られた。
あの事件の日以来の経緯、ここ最近の出来事をトモカに話して聞かせている所だった。
あの事件の日以来の経緯、ここ最近の出来事をトモカに話して聞かせている所だった。
「そりゃあ…まぁ…」俺はそこで口ごもり、黙る。ジト目でこちらを見るトモカちゃん。
ああ…なんでこんな話をしているんだろう。
ああ…なんでこんな話をしているんだろう。
病院の一室。あの事件の日以来もう一度訪れたこの部屋は午後の光を蓄え、穏やかに満ちていた。ここの所雨ばかりだった天候が珍しく晴れたおかげだった。夕焼けのオレンジに照らされたトモカが、ベットから上半身だけを起こしている。その彼女の視線が、目の前の丸椅子に座った俺に一点に注がれていた。…ジト目で。
「予算の削減と出場停止。部活の危機にみんなが協力してくれてるっていうのに、当事者の貴方が逃げてちゃダメでしょ…」
ごもっとも。
「あーその話はとりあえずいい! …んな事よりな、今日ここへ来たのは、お前の顔が見たくて、というか…」
「私の?」
「うん。あと一度、話も…」
「…ふうん?」
「まぁ…怖い思いさせちまって悪かったな。…と言う事くらいは言っとこうと思って、…だな」
「私の?」
「うん。あと一度、話も…」
「…ふうん?」
「まぁ…怖い思いさせちまって悪かったな。…と言う事くらいは言っとこうと思って、…だな」
あの事件以来ずっと考えていたことだった。俺のやったことは結果的には「無かったこと」という処理をされた。しかし、一人の少女を巻き込んでしまった事は消えたわけではない。一度きちんと謝罪しておくべきだと思っていた。
そして今日。天候も手伝って、重い気持ちを抑え何とかようやく行動に出て病室へ来た所だった…が、部屋に入ると予想外の大歓迎で招き入れられ、何故か最近の学校での出来事の話をせがまれてしまって、今に至るのだった。
「謝罪のつもり? …ぷっ、似合わない!」
「そうか?」
「うん、ガラじゃないって感じ。気持ち悪いわ」
「そうか?」
「うん、ガラじゃないって感じ。気持ち悪いわ」
『気持ち悪いわ』の部分発声する時の嬉しそうな笑顔ときたら、この女。
ま、確かに柄じゃない…が、まだ少ししか話したこともない相手にそこまで言われるものか。
しかし、軽口を叩いてもらえるほうが気が楽でよかった。そういや前に話した時もそんな感じだったな。こう、はっきりとモノを言う女は嫌いではない。
しかし、軽口を叩いてもらえるほうが気が楽でよかった。そういや前に話した時もそんな感じだったな。こう、はっきりとモノを言う女は嫌いではない。
「…はぁ、なんか拍子抜けだ。もしかしたら嫌われるか、怒られるか、罵倒されるかって思っていたんだが」
「…いいえ、怒ってるわよ?」
「…はぁ?」
「…いいえ、怒ってるわよ?」
「…はぁ?」
急に俺を睨みつけるトモカ。
「だって、せっかく待ちわびた客人が来たと思ったら、テスト勉強したくない言い訳のために私をダシに使ったってオチなんだもの! さっきの話だと!」
「はぁ…? いやいやいや、そうじゃないぞ!? …んなこと言ってねーだろッ!!」
「はぁ…? いやいやいや、そうじゃないぞ!? …んなこと言ってねーだろッ!!」
何を言ってるんだこの女は!
「じゃあ自分でも気がついてないってこと!? そっちのがひどいわよ!」
「…は!?」
「…は!?」
「じゃあ聞くけど、テスト勉強の件がなかったら、今日貴方はここへ来たのかしら?」
「んなもんカンケーねーよ! だからー…、テストと、この事は別だろ!?」
「んなもんカンケーねーよ! だからー…、テストと、この事は別だろ!?」
「本当に?」
「ああ!」
「…ほんとーに?」
「…あ、ああ」
「ああ!」
「…ほんとーに?」
「…あ、ああ」
そう言われると自信がなかった。なんとなく今部室で行われているであろう勉強会に行きたくなくてこちらを選択してしまっている部分が…、ないわけではないのだ。
「……」
「ほらね!」
「…いや、ちがうって!」
「……」
「ほらね!」
「…いや、ちがうって!」
とはいえ、本当にトモカに会う意志があったことも事実だ。…というか、謝罪の用事がなけりゃあ…。
「はぁーっ…。じゃあなんで俺は今ここに来ているんだよ?」
「それは」
「それは」
またトモカの表情が変化した。怒り顔から、今度は笑顔だ。
「みんなから逃げるためよ…ね?」
「…」
「…」
「わかるの。私も人に囲まれるの苦手だから…。一緒よ」
「お前のとは一緒じゃないと思うけど…。てか、俺はそんなんじゃねぇよ! …ってか、んー…、今までは…そんなふうに思ったことなんか」
「お前のとは一緒じゃないと思うけど…。てか、俺はそんなんじゃねぇよ! …ってか、んー…、今までは…そんなふうに思ったことなんか」
とはいえ、それは『今まで』だ。
俺は「はぁ…」とため息をひとつ。
俺は「はぁ…」とため息をひとつ。
「なんかおかしいんだ…。あれからな。あの事件から俺は変わっちまった!」
「話して」
「話して」
トモカが促す。…しかし、なんで俺はこいつに会話をリードされているんだろう? あと、なんでこいつこんなに嬉しそうなんだろ?
「今まではこんなの、意識なんてしたこと無いんだぜ? 好き勝手やってきたんだ。言いたいこと言って、やりたいようにやって。…それだけだったんだ。何も気兼ねなんて無かった。だって、どうせ俺はアイツーの子飼いの人間で、でもみんなはここの学生で。一緒だけど一緒じゃない。…俺はいつか任務に就かなけりゃいけないかったからな」
「自分は特別だって思いたかったのね」
「え? いや、そうじゃねーだろ!? あ、でも、…そういう意味ではそうか…。そうかもしれねーけど…」
「え? いや、そうじゃねーだろ!? あ、でも、…そういう意味ではそうか…。そうかもしれねーけど…」
トモカのこちらを見る表情がやけに優しい。温かい。こいつ、こんな顔するんだな。…こんな顔してると、結構可愛いかもしれない…。
「つづき」
「えっ、あー ーーー」思わずドキッとしてしまった。
「えっ、あー ーーー」思わずドキッとしてしまった。
「…で、でもこの間のことがあってから、俺はもうアイツーの人間じゃなくなって。本当にみんなと同じ生徒になった。…今までだってみんなのことは大事だったし、部活も大事だったし。だから普通になる事、憧れてたんだぜ! …んでも、やっとその通りになったと思ったらよ。…なんだろうな。…なんか違うんだよな。…なんだろうな、これ…?」
「みんなの態度が変わった?」
「ああ、ちょっとだけ、それはあるな! 前よりも親密になったというか、気を使ってくれるようになった…というか? 気のせいかもしれないけど…。ああ、リョウは、あいつは元々だけどな? …でもなんでだろう、なんか居づらいんだよな、今はそういうの。…気遣いが? …っていうか、ダメなんだよな!」
「…うん」
「…と思ったら、皆して俺のためにテスト対策かよってな! カトリ先生までセットでさ! 暇なもんだよ皆! おせっかいがさ、なんていうかもう、だめ! あーあ…って、やってらんねーのよ!!」
「ふ、かわいいわね。ヤスノリ」
「…え、…は、はああああ!?!?」
「…え、…は、はああああ!?!?」
不意打ちもいい所だった。何言ってんだこいつは!?
「なっ…なななにが!」
「いいから素直になって皆の輪に入ればいいのに」
「いい、いや、だってよぉ…」
「いいから素直になって皆の輪に入ればいいのに」
「いい、いや、だってよぉ…」
「貴方は特別なんかじゃない」
「…え」
トモカの表情が変わる。急にまた。今度は冷めた顔。
「貴方は特別なんかじゃないわ、ヤスノリ」
「……」
「特別なのは私の方。CMIのクランケで、こんなキカイがないと生きていけない私の方」
「…別にお前だって特別じゃねーけど…」
「貴方は皆の輪の中に戻るべきよ。こんな所じゃなく、ね? いや、戻るという表現はおかしいわ」
「……」
「アイツーの呪縛から出て、貴方はやっと皆の輪に入れるのよ。今度こそ、はじめて」
「……」
「特別なのは私の方。CMIのクランケで、こんなキカイがないと生きていけない私の方」
「…別にお前だって特別じゃねーけど…」
「貴方は皆の輪の中に戻るべきよ。こんな所じゃなく、ね? いや、戻るという表現はおかしいわ」
「……」
「アイツーの呪縛から出て、貴方はやっと皆の輪に入れるのよ。今度こそ、はじめて」
「……はじめて、ね」
それには何も言い返せなかった。