卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

軍師の恋の駆け引き

最終更新:

takugess

- view
だれでも歓迎! 編集

軍師の恋の駆け引き




 レイウォール。
 そこより離反し独立を果たしたフェリタニアにとって、その国は敵性国家であり、本来ならば軍師同
士の親密な交渉が行われることはない。
 だが、フェリタニアの軍師ナヴァールは、個人的付き合いのあるレイウォール第一王女ステラ・ヴェ
レンガリアと密かに会談の場を持ち、幾度目かの話し合いがその日行われた。
 これはその日の夜、ナヴァールが帰国する前の出来事である。

「ナヴァール……少しいいか?」
 控えめに声がかけられ、ナヴァールに与えられた客室の扉がゆっくりと開かれる。姿を現したのは、
昼間とはうってかわって露出度は低いが可憐な装飾の施されたドレスを纏ったステラだった。
「うん? 何か用かな」
 ナヴァールは扉を開け、ステラを招き入れた。ステラがやや緊張気味な面持ちなのに対して、ナヴァ
ールのその表情はなんら昼間と変わるところはない。
 普段から目を閉じて生活している彼にとって、人の表面的な美醜など関係がないのだ。軍装でも着飾
っていても、ステラはステラ。その人の本質に違いはない。
 だから、昼の交渉の続きかと思ったのだが、ステラにそのつもりはなかった。
 部屋に通され、椅子代わりにベッド脇に腰掛けると、ステラはそばに立つナヴァールのローブの裾を
引いた。
「明日にはここを経つのだろう……? ならば、その間……」
 促されて隣に座ったナヴァールに、しなだれかかるように向きを変えると、上目遣いに彼を見つめる。
潤みがちの瞳が近づくにつれてゆっくりと下ろされていき──
「……戻りなさい、ステラ」
 溜息と共に肩を押し返された。
「なっ……!」
 僅かに上気していた頬がさらに朱に染まる。立ち上がると同時に躊躇いがちに伏せられていた睫毛か
ら数滴、液体が揺り落ちて、次の瞬間には最大限にまでつり上がった。
「ナヴァール…っ! 女に恥をかかせる気か!?」

 激昂した彼女の言葉さえもどこ吹く風。ナヴァールは座ったまま肩をすくめた。
「この場合、据え膳を頂いてしまった方が恥になると思ってな。それとも、枕交渉でもするつもりか?」
「そ、そんなことするはずがないだろうっ! 私は、ただ……」
「だったらなおさらだ」
 シーツの乱れを直して、ナヴァールも立ち上がった。怒りを静めるかのようにステラの肩に手を置き、
諭すような優しい口調で続ける。
「ステラ、私と君は兄弟弟子であり、それぞれの国の軍師でもある。だが明確な恋人同士というわけで
 もない。……ここまでは分かるな?」
「当たり前だっ…だからこそ、こんな……」
 こんな手段にまで出たのに、というステラの主張は伝わることはなかった。
「だからこそ、君ほどの頭脳と身分をもつ人が……レイウォールの第一王女ともあろうものが、いきな
 り色仕掛けから入るというのは良策とは言えないな」
 ステラは悔しそうに唇を噛んだ。
 いつもこうだった。それとなく気のある素振りを見せたところで、ナヴァールは決して惑わされるこ
とはなかった。勇気を出して誘いをかけてみても何かと理由をつけてははぐらかされる。
 もうこの手段しかないと思ったのに。
 涙混じりの悲痛な叫びが漏れ出す。
「だったら……だったらどうすればいいというのだ! お前はいつもそうやって……!」
「簡単なことだよ、ステラ」
 泣く子をあやすように言うと、ナヴァールはステラの髪を梳いた。やはり彼の竜眼は閉じられていて、
そこから何かを読み取ることはできなかったが、優しい微笑みはかつて共に過ごした時と同じものだ。
「ナヴァー…ル……?」
「そうやって、相手を見つめて「私とお付き合いしてください」と言えばいい。簡単だろう?」
「…………」
 心地良い沈黙は一瞬だけだった。ステラは意を決し胸の前できゅっと両手を握る。
「な、ナヴァール、あの…わ、わたっ、私と……っ」
 言葉が詰まる。先ほど最大限に紅潮したと思った頬は限界を突破してまだまだ赤くなれそうだ。こめ
かみにも汗が流れている。
 たった一言なのに、簡単なことのはずなのに、どうしても言えなかった。
「やれやれ、ではこれは、次に会う時までの宿題としようか」

「えっ……」
 苦笑を漏らすと、意外すぎるほどにあっさりとナヴァールは手を離す。途端にステラは体中の力が抜
けていった。
「さあ、もう夜も遅い。気をつけて帰りなさい」
「あ、うん……」
 扉が再び開かれる。今度はステラを送り返すために。
 だが帰らねばならなかった。今回もナヴァールに適わなかったのだ。ステラは重い足取りで部屋を出
ようとした。
「ステラ」
 扉を隔てたところで、つい、とナヴァールがステラの手を引いた。その顔にはステラも覚えがある。
何事かをアドバイスしてくれる時の顔だ。
「何だ?」
「軍師同士の恋路に、下手な小細工は無用だ。私を口説き落としたいのなら、真正面から来るといい」
「……分かった」
 強気の笑みを返すと、ステラは自分から扉を閉じた。いつも通りに笑えたと思う。あとは自分が、も
う少し素直になることだけだ。
 そう、次に会う時までには、きっと──

 翌日、ナヴァールは既に会談が行われた街を出ていた。
 女王から賜った銀の竜の杖を手に、ふと足を止めると歩いてきた方向をちらりと振り返った。
「……ステラ。一つ、君に言わなかったことがある」
 その声には妹弟子に対する暖かな感情は一切表れていない。うっすらと竜眼を見開くと、恐ろしいほ
どの冷徹な眼差しがのぞく。
「恋に溺れた女は何より御しやすい、ということを、な……」
 そう呟くと、再び歩き出した。口元が僅かに上向きに歪んでいる。それは自嘲の笑みのようにも見えた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー