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誤解と無自覚の連鎖反応・番外 ~ドクトルの憂鬱~

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takugess

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誤解と無自覚の連鎖反応・番外 ~ドクトルの憂鬱~



 窓の外には夜闇が広がり、灯る明かりも薄暗い。
 そんな狭い通路に二つの人影が身を寄せて、あたりを憚るように言葉を交わしていた。
 一人は白衣を纏った壮年の男。一人は十歳前後に見える小柄な少女。
 背景のせいもあり、傍から見れば、まるで危ない男が少女によからぬことを吹きもうとしているかのように見える。
 しかし、二人の間の空気は気心の知れたもの。少女の様子は、まるで仲のいい小父さんと内緒話を楽しむかのようだ。
 それもそのはず。種族すら違い、血縁的には何の関わりもない両者だが、彼らの関係は、ほとんど家族のようなものだ。
 ネオ・ダイナストカバル。反神殿を御旗に掲げた、自称『地域密着型の悪の組織』。その実体は、神殿嫌いのお人好し集団。
二人はその構成員であり、二人がいるこの場所は、組織が有する研究施設の一角だ。
 薄暗いのは──単に照明に回す費用がないから、という世知辛くももの悲しい理由である。
 上下の関係も主従というより家族に近く、鉄の掟からして『失敗は三度まで』と微妙に緩い、このアットホームな組織。
 無辜の人民に被害が出るような行為はご法度、という活動モットーのため、資金調達のルートも祭りでの屋台運営など、
利潤の薄いものばかり。そのため、年中無休で資金繰りが苦しいこの組織では、節制節約が基本なのである。
 男の姓をセプター。『ドクトル』の愛称を持つ、怪しい笑い声が特徴の天才博士である。マッドな印象とは裏腹に、
生み出した人造生命達に自身の姓を授け、我が子と思って可愛がる、ある意味この組織に非常に似合いな人材だ。
 そんな彼が声を潜めて囁きかける相手は、彼の生み出した“子ども”達の情操教育を担当する少女――アルテア。
明朝ここを発つ彼女へ、彼にはどうしても伝えておくべき事項があったのだ。
「──えぇっ!? レントがっ!?」
 と、ドクトルの言葉を聞いたアルテアが、やおら廊下に響き渡るような声を上げた。頭の上で結った三編みも、ぴょこんと
跳ねそうなその勢いに、
「しーっ! 声が大きいっ」
 慌てて注意するドクトルの声も、思わず焦りからボリュームが跳ね上がる。
 それを自覚した彼は慌てて辺りを見回し、人の気配がないことに安堵して一つ嘆息。改めて声を潜め、告げた。
「気をつけんか、アルテア。人に聞かれたらどうする」

「なんで隠すんだ? めでたいことだぞ! みんなでお祝いしないのか!?」
 ドクトルの注意の意味がわからない、という風に、アルテアは頬を膨らます。
 そんな様子にドクトルは一つ溜め息を落として、
「さっきも言った通り、そもそも当人が自覚しとらん。
 大騒ぎなぞして、自覚してもいない感情を外から煽ったら、レントの精神的に良くないだろう」
「そーかぁー……じゃあ、レントが自覚すれば、お祝いしてもいいんだな!?」
 無邪気なアルテアの発言に、ドクトルはがくりと肩を落とす。
 起動時に然るべき情操教育を施す間もなく実戦投入されたため、どうにも情緒面で未熟な我が子。
 そんな彼が新たな感情を覚えたことでアルテアがはしゃぐのもわかる。ドクトル自身、この上なく喜ばしいことだと思って
いるのだから。
 しかし、しかしである。
「……この世のどんな男も、家族に自身の“初恋”を祝われたくはないだろう……」
 それが実った時に祝われるならともかく――いや、それでも微妙か? とドクトルは低く呻いた。
 この言葉を耳聡く聴きとめたアルテアが小首を傾げる。
「そーいうもんなのか?」
「そうだ。……しかも、相手が相手だしのぅ……」
 ドクトルの呟きを聞きとめて、アルテアは、はたと気づいたように身を乗り出した。
「そーいえば、きーてなかったぞっ。レントの初恋相手はだれなんだ?」
「……わからんか?」
 溜息混じりにドクトルが問えば、アルテアは頬を膨らませる。
「わからないから、きーてるんだっ! あたしの知ってるやつなのかっ?」
「……レントの知人は、ほとんどお前とも顔見知りだろうが……」
 すっとぼけたアルテアの発言に、ドクトルは嘆息する。
 今は一時的に本部に戻ってきてはいるが、二ヶ月前までアルテアはレントと行動を共にしていた。
 レントが初任務の最中に出会った相手や、アルテアが別行動しているこの二ヶ月の間に出会った相手は別だが、
それ以外、二人の交友関係は重なっているのだ。
 そして、感情の起伏の小さいレントが、恋愛感情を覚えるほど親しいような相手といえば、それこそ数えるほどもいない。

「そっか、それもそうだなっ。……だとすると……エイプリルかっ!?」
 道行く人々が振り返る美貌を持つ、旅の仲間の女性の名を上げるアルテアに、しかしドクトルは首を横に振る。
「違うのか!? じゃあ……じゃあ、あいつなのかっ!?」
 ドクトルの答えに、アルテアは何かを悟ったように目を見開く。
 レントの旅の仲間は、アルテアを除けば三人。うち一人のエイプリルが否定されれば、残りは二人。しかも、そのうちの
一人は普通に考えれば対象外なので、事実上は二択ではなく一択だ。
 だが、その一択から導き出される相手故に、レントの恋路が困難極まることは目に見えている。
 アルテアもようやく事態を理解したかと、一つ息を吐いたドクトルに、アルテアは震える声で言った。
「まさか……レントがクリスに惚れるなんてっ」
「──なんでそっちに行くんだっ!? お前はっ!」
 普通に考えれば一択の分かれ道で、まさかのアウトコースへ突進したアルテアに、ドクトルは思わず悲鳴じみた声で
ツッコんだ。
「ちがうのかっ!?」
「違うわっ! というか、同性と異性の二択でなんで迷わず同性を取るっ!?
お前は息子をそっちの道へ進ませたいのか!?」
 くわっ! と目を見開くアルテアに、ドクトルは全力でツッコむ。もはや双方に、辺りを憚って声量を抑えるような余裕はない。
「だ、だって……エイプリルでもクリスでもなかったら、残るのはあいつしかいないじゃないかっ!
それはありえないだろっ!?」
「男に走る以上にありえないのかっ!? お前はノエル嬢をどう見てるんだっ!?」
 ついには、アルテアのボケた発言にツッコむ形で、ドクトル自身が憚っていた名前を叫んでしまった。
 レントの初恋相手、ノエル=グリーンフィールド。
 彼女は、レントが初任務の際、伝説の武具を継承する“薔薇の巫女”として護衛を命じられた相手であり、当時から一行を
束ねているギルドマスター。
 少々人が良すぎたり、迂闊なところもあったりするが、それ以上に、心根の優しさと意志の強さを持つ少女。表情豊かで、
感情の動きが素直な彼女は、感情の機微に疎いレントにも屈託なく接してくれている。

 生まれた当初から特別な存在として認識し、自分へと暖かな親しみを向けてくれる少女。
 ある意味、レントが心惹かれるに相応しい相手だと思われるのだが――
「だって、ノエル、ちっこいさんだぞ!? エイプリルみたいに美人じゃないぞ!?
レントとならんだら、よけいにちんちくりんだぞ!?」
「お前がちっこい言うか!? まあ、確かに小柄ではあるし、美人というタイプでもないがな……」
 わなわなと身を震わせるアルテアに、ドクトルはツッコみつつも苦笑する。
 アルテアの言う通り、ノエルは同世代の少女より小柄だし、エイプリルのような際立った美貌の持ち主でもない。レントの
容姿はいわゆる長身美形なので、並ぶと確かに差が目立つ。
 だが、美麗さの点ではエイプリルに劣るものの、可憐さと愛らしさならばノエルの方に軍配が上がる。小柄さも含めて、
小動物のように愛らしい、十分魅力的な少女だ。
 くるくると良く動く、危なっかしくも愛らしい少女と、淡々と、しかし甲斐甲斐しくその世話を焼く美形青年。
 ある意味、よく似合いの二人ではないかと、ドクトルは思う。
 しかし、しかしである。
 感情豊かなノエルであるが、十六まで貴族の娘として箱入り育ちだった彼女は、どうにも色恋沙汰には疎いらしい。
 年頃の少女として相応に恋愛への興味はあるようだが、自分自身のこととしては、まだ意識していない様子なのだ。
 彼女にレントをどう思っているかと問えば、まず間違いなく「頼れる仲間で大切な友達です!」的な答えが返ってくるだろう。
 しかも、そもそもレント自身が自分の感情に自覚がない。どれくらい自覚がないかというと、ノエルに見惚れて硬直し、
動悸が激しくなった際、自身の身体に異常が起きたとドクトルに相談してきたくらいだ。
 その時にドクトルが、レントへその“症状”の正体を告げれば話は変わったのだろうが、彼はあえてそうしなかった。
 その手の感情は他者から告げられて自覚するものではない。そんな形で自覚したら最後、情緒面で未熟な我が子は、
自身の感情を持て余してしまうのではないかと思ったのだ。
 自分でその“症状”を齎す感情の名を察せられるようになった頃には、その感情を受け入れられるようになっているはず。
 そう思い、ドクトルはこの件に関しては静観の姿勢をとったのである。

 しかし、実はまさに今、レントはクリスから自身の『病名』を告げられてしまい、この気遣いは全くの無駄になっていたり
するのだが――
 そんなことは知る由もなく、ドクトルは、ただ先の長い息子の恋路を案じる。
 そもそも、もしもレントがノエルと相愛にまでこぎつけたとしても――その先には、レントにとってこの上なく強大な壁が
立ち塞がっている。
 それは──
「……こんな廊下で何やっとるんだ、お前ら?」
「どうわぁッ!?」
 不意にぼそりと横から呻くような声を掛けられて、ドクトルとアルテアはハモって悲鳴を上げた。
 振り向いた先には、均整の取れた長身をマントで包み、鳥の頭を模したような仮面で顔を覆った男。
 普通の人ならダッシュで逃げそうな怪しい風貌を目の当たりにして、しかしアルテアは安堵の息をついた。
「なんだ大首領か! びっくりしたぞ! いきなりなんだ!」
「……仮にも自身の属する組織のトップに、大した言い様だな……まあ、構わんが……」
 アルテアの文句に、仮面の男は呆れを通り越し、いっそ感心したような声を上げた。
 大首領──ネオ・ダイナストカバルの前身であるダイナストカバルの創始者であり、名を変えた今も、この組織の頂点に立つ男。
 かつて、妻である先代の“薔薇の巫女”が神殿の意に背いた際、妻子と離れ、日陰で生きることを余儀なくされた男だった。
 当時、彼が無事を願って自ら手放し、一年前に十六年の時を経て再会した愛娘こそ、他ならぬノエルなのである。
 それ以来、彼はそれまでの空白の時間を埋めるように、妻子に深い愛情を向けている。
 それぞれの立場ゆえ、共に暮らすことは叶わないが、妻子に対する便りは欠かさないし、力及ぶ限り、彼女らのために
砕身している。
 だがしかし、とドクトルは思う。
 そんな彼だからこそ、うかうかと、レントのノエルへの想いを知られるわけには行かない、と。
 ただでさえ、大概の男親というものは、自身の娘に近づく男に対して心穏やかではいられないものだろう。例え、それが
けちの付けようのない好人物であっても、娘自身が選んだ相手であっても、である。
 子煩悩なこの男なら、尚のこと。あまつさえ、自ら送り込んだ部下が、愛娘に恋情を抱いたなどと知った日には――

(――血を見ることになりかねん……)
 大首領の剣の腕と、娘に傾ける愛情を思うと、あながち冗談でなく、ドクトルはそう危惧せずにはいられないのである。
「しかし、大首領こそ、このような時間にこのようなところへ……如何がされたのです?」
 さっきまで話していた内容に関してツッコまれる前にと、ドクトルは先に大首領に問う。だが内容は、純粋に気になった
疑問でもあった。
 誰かに用があるなら、自ら出向かなくとも相手を呼び出せばいい。彼はそれが許される立場、寧ろ足を運ばれた方が
相手の心臓に悪い。
「おお、実はアルテアに預けたいものがあってな。今夜は旅支度の確認もあろうと、呼び出すのはやめたのだが……」
 こんなところでくっちゃべってる余裕があるなら、呼び出しても良かったな、と呆れ気味に大首領は呟く。
「ん? 預けたいものってなんだ?」
 しかし、大首領が用件を伝えた相手は、恐縮した風もなく無邪気に首を傾げた。大物というべきか、無邪気というべきか、
無礼というべきか、微妙なラインである。
 大首領はアルテアの返しに苦笑の気配を滲ませると、身をすっぽりと包むマントから手を差し出した。
「そろそろノエルにもこれが使える頃かと思ってな。余が若い頃使っていたものなのだが」
 告げる彼の手には、少女が好みそうな愛らしい包装。しかし、中からその包みを押し上げる形は、何やら無骨に見える。
「……中身はなんです?」
「バトルバックラーだが」
 何故だか恐る恐る問わずにはいられなかった言葉に、さらりと返された答えを聞いて、ドクトルは絶句した。
 バトルバックラー――手を塞ぐことなく、腕に装備できる盾の一種。防御だけでなく攻撃の補助にも優れた装備である。
しかしその設計ゆえ、それなりに経験を積んだ戦士にしか使いこなせない一品だ。
 確かに、旅暮らしの娘へぬいぐるみやドレスなどを贈っても邪魔になるだけだろう。実用品を贈った方がいいのはわかる。
 それはわかるのだが――それにしたって、
(それでも、装備品を娘への土産にするか、普通!?)

 喉まで出かけたそのツッコミを、ドクトルが声にするより早く、
「おぉ~! バトルバックラーか!
 こないだファインバックラーがちょっとガタガタになってきたって言ってたから、ノエルもきっと喜ぶぞ!」
「うむ、余もレントからそう報告を受けたので、これを贈ろうと思ったのだ」
 アルテアが無邪気に告げ、大首領が心持ち胸を張って答える。
 二人の会話を聞いたドクトルの脳裏に、無骨な装備を手にして無邪気に喜ぶ、愛らしい少女の姿が浮かんだ。
(この親にして、あの子あり……)
 色気づくには程遠そうな少女剣士に想いを寄せる、不器用な我が子を思い、ドクトルは嘆息せずにはいられなかった。
 ───他者から見れば、彼自身、大首領のことをどうこう言えない、親馬鹿であることは自覚せず。
 ドクトルの気苦労は続くばかりである。

Fin.

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