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きっと奇跡も、魔法も、あります! ◆.pKwLKR4oQ



それは例えるならオペラ。
悪の権化を体現する見た目は男性/中身は淫女なドラゴンライダー。
正義を志す見た目は少女/中身は少年なホワイトエンジェル。
悪と正義、二つの相反する主張を掲げて二人は戦う。
その戦いの背後で奏でられるのは満月の名の下に紡がれる祈りの歌。
そして時折混じる剣戟の音がさらなる彩りを加えている。

……と言葉を飾れば、それはまるで優雅な演目のように思える。
しかし実際の演目は芸術的なオペラとは程遠いもの。
生きるか死ぬかの舞台の上で行われる血生臭い過酷な武闘劇。
もちろん台本のような筋道があるはずもなく、当然いつ演目が終わりを迎えるのか知る人はいない。

だがどんな劇にもいずれ幕が下りる時は訪れる。


     ▼     ▼     ▼


「ハアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
「ウオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

マシロと柊かがみ(外見は◆6/WWxs9O1s氏@パロロワクロススレ)。
二人の戦いの場はいつしか地上から空中へと移っていた。
天に届かんばかりの胡桃の大樹が砂漠に林立する中を縦横無尽に駆け巡りながらのヒットアンドウェイ。
傍目からだと均衡しているように見えるが、空を駆け巡る二人の動きは対照的だった。
竜の背に乗ったかがみは空中を荒々しく飛び回り、キュアヴィントブルームと交差するたびに大振りの攻撃を放っていた。
それは時に胡桃の大剣による斬撃だったり、時に竜の爪による一撃だったり。
対するヴィントブルームは天使を彷彿させる翼を羽ばたかせて敏捷に飛び回り、時折長剣による斬撃を浴びせてくる。
その斬撃は一撃一撃が小さいながらも的確であり、何度も積み重なれば軽視できないものだった。

そして何より一方の当事者であるかがみは内心かなり焦っていた。

(――ッ、このままだと不味いわね)

かがみが自身を不利だと断じる最大の理由はその飛行手段にあった。
初戦のように地上のプリキュアvs空中のかがみon竜であるなら問題はなかった。
何しろ『空を飛べる』という時点で飛べない者に対してかなりのアドバンテージがあるのは紛れもない事実だ。
だからこそ荒々しい竜の飛行でも地上で駆けずり回るプリキュアを甚振るのに支障はなかった。

だが今は状況が違う。

件のプリキュアの一人ヴィントブルームがパワーアップした事も要因だが、何よりもその飛行手段が厄介だ。
ヴィントブルームの飛行手段は背中に宿した4対の翼。
最初は慣れていないせいで付け込む隙もあったが、時間が立つにつれて翼による飛行を自分のものとしていった。
そうなるともう差は歴然だ。
例えるなら大艦巨砲主義の日本が誇る戦艦が小回りの利く戦闘機に沈められるようなもの。
別の例えを出すならガンダムの世界で地球連邦の艦隊がジオンのザクに沈められるようなもの。

つまり機動性が段違いなのだ。

しかもヴィントブルームが自らの意思で翼を羽ばたかせているのに対して、かがみの方は竜に任せるしかない。
どうしてもかがみの意思による飛行でないために次の行動が分からず、結果ヴィントブルームの攻撃に対して後手に回ってしまう。
実際はまだそこまで差は付けられていないが、もはや戦況が傾くのは時間の問題だ。

(それに、さっきのアレって、やっぱり……)

もう一つ懸念がある。
但しこちらはひどく漠然とした不安のようなもの。
先程かがみは戦闘中に自分の首輪が爆発するという光景を見た気がした。
いきなり牛車に攫われ、人面ツチノコに助けられ、バラバラに飛ばされ、ななこ先生を庇って死んだ。
一瞬の内に頭の中に流れた映像はどこか走馬灯のようなものでもあった。
もちろん今こうしてかがみの首(実際は6/の首)に首輪が嵌っている以上、それは幻でしかありえない。
だが今のかがみは入れかえロープで6/と心が入れ替わった状態だ。
もしあの時の映像がかがみの身体に入った6/の体験したものだとすれば……。
それがかがみの肉体に残っていた僅かな心とリンクして伝わってきたものだとすれば……。

確たる証拠はないが最悪の場合、“柊かがみ”が“柊かがみの身体”に戻る事はもう不可能だ。

(でも今はそれよりもこの空中戦の打開策を考えないと……手っ取り早いのはやっぱりあの歌を止める事なんだろうけど……)

“将を射んと欲すれば先ず馬を射よ”。
現状ヴィントブルームのパワーアップの源は地上で歌い続けているキュアフルムーンのキュアフルムーンソングだ。
あれさえ止めてしまえば力を失ったヴィントブルームを倒すのは初戦を顧みるに造作もないはず。
だがその馬に当たるフルムーンを射る事が難題だ。
どう見ても隙があるように見えてしまうが、うっかり手を出すと手痛いしっぺ返しを食らう予感がする。
そうなればかがみはヴィントブルームに致命的な隙を晒す事になり、その瞬間勝敗は決するだろう。
この空間はかがみによる胡桃の固有結界-unlimited walnut works-なのに、自分の思い通りにいかないのは歯がゆい事この上ない。

(でもそれ以外に方法がないのよね。なんとかして私が手を出さずに歌を止める方法を考えないと……!?)

何度目かの交差の果てに地面を滑空飛行する竜の上で、かがみは天使を堕とす算段を練っていた。


     ▼     ▼     ▼


「ハアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
「ウオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

空を飛び回る竜とすれ違う瞬間、ヴィントブルームの右手にある長剣が竜の皮膚を僅かに削る。
本当はそこにいたかがみを狙っていたが、剣が届く寸前で攻撃を見切られて間一髪で躱されてしまった。
だが最初の頃に比べると攻撃の精度は確実に上がっている。
少し前は飛んで移動するだけで精一杯だったのに、今では背中の翼は思い通りに動いて自由自在に飛び回れる。
その姿はまるで天空を舞う乙女のようだった。

(やっぱり最初にフルムーンを助けた時は火事場の馬鹿力だったのかな、もしくは根性? いやいや、そんな事よりも!)

こんな事に考えを巡らせるようになったのも思考の余裕が出来始めた証拠だろう。
だがそこで気を緩めてはいけない。
なんと言っても今対峙している相手はゼロ(ハン)やMAXと比べて遜色ない。
さらに先の二人より謀に長けている事は初戦で痛いほど実感している。
またUWWの力を誤解させた時のように奥の手を隠しているとも限らない。
さすがに同じ手を食らうつもりはないが、決して油断してはいけない。

ふと視線を落とすと、先程すれ違った竜が一旦下降して滑空飛行してから空へと舞い昇って来ていた。

「ハッ!!!」
「――ッ!?」

再びの交差。
だが今度の攻撃は今までとは斬った時の感触が違った。
空中戦に移行して長剣を振るう事数十合。
ついにかがみの左腕に刃をかすめる事に成功した。
それなのにヴィントブルームは素直に喜べなかった。
一瞬すれ違った際に見えたかがみの両の瞳。
まるで獲物を狙う猛禽類のような鋭い瞳は未だに爛々と輝いていた。

(何か仕掛けてくる!)

ヴィントブルームの全身をそんな予感が駆け巡っていた。


     ▼     ▼     ▼


(はぁ、これでようやく決着が付くアルか)


     ▼     ▼     ▼


「ふふふ、そろそろ決着を付けましょうか」
「……こちらこそ望むところだ」

ヴィントブルームを見下ろしながら竜の背に乗ったかがみは唐突に言い放った。
もちろんヴィントブルームにも異存はない。
確かにかがみの様子が引っ掛かるのは事実だが、ここは挑戦を受けるしかない。
もうかれこれ数時間は戦っている気がする。
これ以上戦いを長引かせるよりかは一気に勝負を付けたかった。

「さあ、踊りなさい」

両手を掲げたかがみの周囲に顕現するのはすっかり見慣れた光景と化した無数の胡桃。
さすがに初戦の全方位斉射バージョンの時よりも宙に浮かぶ胡桃の数は少ない。
だがあの時はプリキュア二人だったのに対して今回はヴィントブルーム一人。
総数ではなく一人当たりの数で考えれば今回の方が厳しい状況だ。

「それじゃあ、これで終わりよ!」

かがみの号令と共に無数の胡桃がヴィントブルーム目掛けて飛来する。
だがヴィントブルームは落ち着いていた。
いくら数が増えても胡桃の軌道が直線である事に変わりはない。
それに初戦とは違って今は翼によって自由に空を駆ける事も出来る。
これなら胡桃の斉射を避ける事は可能なはず。
もちろん地上に残っているフルムーンを脅かしそうな胡桃は撃ち落とすつもりだ。
一応フルムーン自体は不可視のバリア的な何かで守られているみたいだが、過度に期待するのは危険だ。
目下最大の問題はこの攻撃に伴ってかがみがどう動くか。

だがヴィントブルームの心配は思わぬ形で裏切られる事になった。



「爆ぜろッ!!!」



かがみの号令と共に発生したのは無数の炸裂音――無数の胡桃はヴィントブルームに届く前に全て爆発した。
この意外な展開にヴィントブルームは虚を突かれる形になってしまった。
それどころか何もできないまま上下前後左右で爆音が轟き、爆風が吹き荒れ、爆煙が蔓延する羽目になった。
もちろん胡桃が爆発する事は初戦の罠で痛いほど身に沁みている。
だが爆発させるとしたらもっと接近してからだと考えていた。
そちらの方がギリギリで避けてもダメージを与えられるはずだ。
今回の爆発だと爆煙・爆風・爆音こそ大規模だが、肝心のダメージ自体は然程でもない。

(え、もしかして手違い? それとも罠?)

激情に身を任せて行動する一方でその力に溺れる事なく策を巡らせるだけの智謀を兼ね備えている難敵。
それがマシロの柊かがみ評だ。
いささか過大評価な気もするが、ここまでの戦闘を振り返るとあながち間違いとも言えない。
そんなかがみがこんな単純な失敗をするとは思えなかった。
今までの経緯を顧みてヴィントブルームはこのまま突っ込むべきか躊躇わざるを得なかった。

(周りは爆煙で全然見えない。このまま迂闊に突っ込んだら相手の思う壺な――ッ!?)

一瞬の逡巡は高速で飛来した胡桃の弾丸によってかき消された。
それはまさに弾丸という表現が相応しかった。
幸い警戒を怠っていなかったので長剣で弾く事で対処できた。

「――ッ!!!」

そして胡桃の弾丸を迎撃すると同時にヴィントブルームは飛翔した。
その行く先は胡桃が飛来してきた場所――つまり胡桃を放ったかがみがいる場所。
確かに視界が開けた先に罠が待ち構えている可能性は十二分にある。
だがそう思わせて実際は今の視界を封じた上での狙撃が目的かもしれない。

ヴィントブルームは後者に賭けた。

「ハアアアアアァァァッ!!!!!」

最大限警戒して且つ最加速で一気に爆煙を突っ切る。
そして煙の尾を引きながら飛翔するヴィントブルームの視線の先には予想通りかがみがいた。
胡桃の樹の上でこちらに右手を向けながら一人で立っていた。
瞬く間に距離を詰められる状況で槍らしきものを急いで構えようとしているが、それが終わる頃には勝負は付いている。

(よし、勝っ――ん?)

そこでヴィントブルームは得も言われぬ違和感を覚えた。

(違う! あの顔は……)

視線の先に捕らえた全裸の男の表情は驚愕や後悔ではなく――“悪魔のような微笑み”。
特に両の瞳は先程すれ違った時よりも爛々と輝いているようにも見える。
まるで全てが己の思い通りであるかのように。
だがそれ以上に何かがおかしい。
先程空中戦で鎬を削っていたかがみとは明らかに差異がある。

「――ッ、しまった!?」

今かがみは胡桃の樹の上に立っている――それなら今までかがみを乗せていた竜はどこだ?
後少しでかがみに届くという位置を惜しみなく捨てて、ヴィントブルームは空中で一気にUターンした。
そして一瞬で舞い戻った時、自分の考えが正しかった事を知った。

「くっ!」
「あ、見つかったアル」

そこに竜はいた。
ヴィントブルームのために歌を捧げている大切な仲間を襲撃するために。
もしもあと少し気づくのが遅れていたら間に合わなかったかもしれないが、なんとかギリギリで間に合う事が出来た。
この時長剣を振り上げたヴィントブルームと竜との距離は一気に詰められる程度。
だが今までの様子から竜がこの戦いに消極的なのは薄々感づいていたので本気で傷つけるつもりはない。
こちらの様子を見て動きを止めるなり鈍らせてくれれば、その隙にフルムーンを抱えて移動すればいい。

そんなある意味楽観的な思考でいたヴィントブルームは次の瞬間冷や水を浴びせられる事になる。



「リバースカードオープン、トラップカード発動、六芒星の呪縛アル」



竜の宣言と共に突然ヴィントブルームの動きは停止した。
それはまさに停止という言葉が相応しい状況だった。
突如ヴィントブルームを中心に出現した黒く光る六芒星の魔法陣。
それが現れると同時にヴィントブルームの身体は空中に縫い止められたかのように身動き一つ出来なくなってしまった。
まるで呪いが身体を縛りつけているかのような異常事態に戸惑いながら必死に足掻いたが、全く効果はなかった。

そしてそんな無駄な努力を続けるヴィントブルームを嘲笑うかのように――。

「日本昔話ドラゴンアタック、アル!」
「きゃ!?」

――祈りの歌姫は竜の突進で地面に倒されてしまい……。

「フルムーン!?」
「――突き穿つ死翔の胡桃槍ッッッ!!!!!」

そしてほぼ同時に放たれた胡桃の槍がヴィントブルームにトドメを刺しに飛来した。


     ▼     ▼     ▼


斯くして悪と正義によるオペラは幕を下ろした――だがそれを快く思わぬ観客が一人……。


     ▼     ▼     ▼


きっかけは何度目かの攻防後に地上ギリギリで低空飛行していた時に見つけた一枚のカード――「六芒星の呪縛」という名のカード。
デュエルモンスターズの中でも割と有名な罠カードを見つけた時、かがみの脳裏に一つの作戦が思い浮かんだ。
結局のところ基本骨子は“将を射んと欲すれば先ず馬を射よ”。
そのためにかがみはいくつも準備を重ねた。
まずは胡桃の一斉爆破による爆煙・爆音・爆風の三重奏。
もちろんヴィントブルームの視界を塞ぐ意味もあったが、真の目的は竜の移動を隠蔽するため。
もしも煙だけなら移動の際の音や空気の動きで露見する可能性があるが、この三重奏なら早々露見する可能性は低い。
そこさえクリアできればもうほぼ作戦は成功したも同然。
ヴィントブルームが爆煙を突き抜けて向かってくれば適当にあしらって、竜がフルムーンを倒してくれればチェックメイト。
もし途中で気づいて引き返しても、竜に予め持たせておいた「六芒星の呪縛」を発動させればチェックメイト。
さらにトドメに突き穿つ死翔の胡桃槍(爆発する投槍)でズドン。

「――という訳よ。残念だったわね」

喜々として悦に入っているかがみはようやく一連のあらましを説明し終えた。
事前準備は怠らなかったものの、ここまで思い通りにいくとは予想以上だった。
正直なところ最後の場面はギリギリセーフとしか言いようのない状況だった。
ヴィントブルームの加速が予想以上だったので、もし満月の危機に気付かなければこちらも相応の手負いを受けての結末だったはず。
さらに死翔の胡桃槍が決め手になったから良いものの、あと少しタイミングがずれていたら「六芒星の呪縛」が自力で破られていたかもしれなかった。
だが過程はどうあれ結果が全てだ。
現状プリキュア2人の変身は解けて元の姿に戻ってしまっている。
しかもマシロは死翔の胡桃槍による一撃でかなりのダメージを負った上に「六芒星の呪縛」で拘束状態。
それに加えて満月は先程よりも厳重に胡桃の蔦で口と身動きを封じられている。
まさにかがみの完全勝利だった。

「あのカードに、そんな力が、あったなんて……」
「ふふっ、悪いわね。経験と知識の差ってやつかしら」

実際マシロは自分に「六芒星の呪縛」のカードが支給されている事を把握していた。
だが満月共々使い道が分からず、おそらく遊戯のための札ぐらいの認識だった。
このような効果があったと知っていれば手元に控えていたのにと臍を噛むしかなかった。
もっともメタ知識全開のパロロワクロスネタ投下スレ出身のかがみだからこそ説明書なしでもカードの使い道が分かったようなものだ。
この辺り反則的な経験と知識の差が諸に出る結果になった。

「おおっ、痛いアル。何か見えない壁にぶつかったみたいだったアル」
「よくやったわ、竜。あ、ちゃんと満月を見張ってなさい」
「はいアル……(相変わらず人使いならぬ竜使いが荒いアル……)」

心の中でそっと愚痴る竜であったが、この作戦の一番の功労者が竜である事はかがみも承知していた。
何しろ竜が予定通りに動いてくれなければ今頃苦汁を嘗めていたのはかがみの方だ。
最初は乗り気ではなかったようだが、最終的にこれでいい加減決着が付くならと従ってくれた。
己に服従してくれる犬ならぬ竜第1号として改めて労いの言葉ぐらいかけてもいいかなとも思う。

「さて、これで私は二度あんたに勝ったわ。もういい加減諦めて私の奴隷になりなさい」
「…………」

マシロはかがみの問いに対して沈黙を返していたが、その目は明らかに拒絶の意を表していた。
やはり生半可な方法ではもう信念を曲げる事も、況してや服従させる事も叶わない。
だがそれは“二人はプリキュア”だからに尽きる。
一人一人では無理でも二人でお互いに支え合ってこそ強固な精神で立ち向かってくる。
なんとも胸が熱くなる良い話だ。実に感動的だ。だが無意味――とも言い切れない。
なぜならこれはこれで大いに利用価値があるからだ。

「へえ、まだ逆らう気でいるんだ。それならこっちにも考えがあるわ」

よくよく考えてみればそのような事情なら簡単に壊す方法がある。

「その、デイ……パックは……?」
「さっき拾ったんだけど、これ中に面白い物が入っていたのよ。じゃじゃ~ん」

さも面白そうにかがみがデイパックから取り出したのは一見すると普通に点滴装置。
だが中身の液体は鮮やかなオレンジ色をしており、明らかに一般的な点滴とは違った感じがする。
そして何よりマシロはその点滴に見覚えがあった。

「――ッ!? そ、それは……」
「へえ、これが何か知っているのね。ふふふ、それなら好都合だわ」
「ど、どういう意味だ……」
「そんなの決まっているじゃない――こうするのよッ!」
「うぐっ」

かがみの宣告が終わるや否や、右手に握られた点滴針は狙い違わずに満月の左腕に刺さっていた。
満月は身動き一つできず呻き声すら上げられぬまま、ただ表情だけを驚愕で歪めていた。
かがみの為すがままに無情にも点滴装置が固定されると、しばらくして満月はぐったりと項垂れた。

「満月ちゃん!?」
「あはは、良い顔ね」

マシロは自分の愚かしさを呪わずにはいられなかった。
一度ならず二度までも自分の甘い見通しで満月共々窮地に陥った挙句、今度は満月に取り返しのつかない事までしてしまった。
実のところマシロはあのオレンジ色の液体の点滴の正体が何であるか知らない。
なぜなら先程のカード同様に説明書が付いていなかったからだ。
だが明らかに普通ではない様子だったので、何かしら危険なものなのかと思っていた。
そしてこのかがみの反応と行動だ。
毒物とまではいかないまでも人体に何らかの害をもたらすものである事は火を見るよりも明らかだ。

(うふふ、この反応……やっぱり危険物だったのね……)

だが一方でかがみもこの液体が何であるか知らなかった。
ただマシロの焦る様子から何らかの害を及ぼすものだと推測しただけ。
そして曖昧な推測は満月の状態を見て確信に変わった。
人体に与える影響がどの程度かは知らないが、そんなものを身体に投与されれば最悪の場合は死に至る事もあり得る。
当初は別の方法で追い詰めていくつもりだったが、運よくお誂え向きの道具が手に入った。

「さあ、早く奴隷になると誓いなさい。今ならまだ応急措置で助かるかもしれないわよ」
「なんで……ここまで……!」
「あんたが悪いのよ。いつまでも私に逆らうから。もっと早くに私の奴隷になっていればこいつもこんな目に遭わずに済んだのにね」
「なっ!?」
「いつまでも夢とか希望とか見ているからこういう目に遭うの。世の中そんな都合の良い展開にはならないのよ。
 奇跡? 魔法? はっ、そんな夢物語で救われるなら人生苦労しないわよッ!!!」

そう、世の中は常に不条理。
このような殺し合いの場であるなら、その理はさらに重きを増す。
その事実を突きつけられたマシロの表情は否応なしに苦悶に歪む。
正々堂々と立ち向かって最終的に仲間を守るために敗北した挙句にその仲間を死に追いやる心中とは如何程のものであろうか。

(二人だから支え合って立ち向かう事が出来た。それじゃあ一人になったら? しかも片方が自分のせいで死ぬとしたら?)

キュアヴィントブルームのマシロとキュアフルムーンの満月のプリキュアコンビ。
確かに二人の絆は出会ってから数時間だというのにもうすっかり本家に見劣りしないぐらい強固なものになっている。
二人だからこそ、その信念は曲がらず、また服従させる事も叶わず。

――それならば欠けさせればいい。

当初はかがみも二人の強固な信念の前に搦め手を諦め、正面から正々堂々と力で打ち負かすしかないと思っていた。
だがそれ以外に相手を打ち負かせるかもしれない方法があるなら越した事はない。
空中戦に移行して彼我の実力差が開く一方なら尚更だ。
それにこういう手合いは自分よりも仲間が傷つけられる方が何倍も堪えるはずだ。
その証拠に満月に点滴が打たれてからマシロはひどく狼狽して、あれほど必死に行っていた抵抗にも力が入っていない。
やはり仲間想いの正義のヒーローにはこの手の仕打ちは効果覿面らしい。

(まあ、悪は悪らしくやらせてもらうだけよ)

正々堂々という言葉がある。
その意味は卑怯な手段を用いず、態度が立派な様。
だがその語源まで遡ると言葉の意味は異なってくる。
その語源となる孫子・第七篇軍争篇には次のように記されている。
『正正の旗を邀うることなく、堂堂の陳を撃つことなし』と。
要約すると、旗印を整然と陣を整えた敵を攻撃する事は避け、堂々の陣を敷いた強力な敵を正面から攻撃する事はない。
つまり強固な備えをしている敵に対して馬鹿正直に攻める事は避けるべきだと述べている。

だからかがみの行動もある意味『正々堂々』と言えなくもない。
もちろん本人にそういう自覚は露ほどもないのだが。

「ああ、その表情ゾクゾクするわ。このままヤりた……ん? 何よ、その目は? 何か言いたいの~?」

これからさらにマシロを言葉責めにして追い詰めようとしていたかがみだったが、ふと横目で見ると満月が何かを言いたそうにこちらを見ている事に気づいた。
相変わらず胡桃の蔦で口を塞がれ身体は縛られて何もできない状態だが、その両の瞳は何かを訴えていた。

「満月ちゃん……ごめん……」
「うふふ、いいわ、特別に喋らせてあげる。どうせもうすぐ死んじゃうんだから。さあ、恨み事でも何でも言ってみなさい」

この時マシロが悔恨の念にかられる一方で、かがみはその嗜虐心を刺激されていた。
だから満月の身体を拘束する胡桃の蔓の内の口元部分だけ緩めてやった。
もちろん再び歌おうものなら即座に口封じをするつもりだ。
実際かがみはオレンジ色の液体の具体的な正体は知らない。
だがマシロの様子から危険なものである事は分かっているので、殊更「もうすぐ死ぬ」と煽っているだけだ。
人間という生き物は死の間際には本音が出ると言われている。
しかも力と恐怖で絶望に屈した状況であるならさぞかし醜い本音が聞けるのだと期待して――。

「…………ん」
「え、なんだって?」

――いたのだが。



「私達は諦めません――ッ!!」



満月からの力強い返答はかがみにとって予想外のものだった。
その表情には力と恐怖に屈した絶望など全くない。
身動き一つ出来ない状態でありながら、その両の瞳から光は消えていなかった。

「はあ!? あんた馬鹿? 今の状況分かっていないの!」
「確かに、私達は絶体絶命です。でも、夢も希望も最後まで信じ続けて諦めなければ、きっと奇跡も、魔法も、あります!」

元々満月は喉に悪性の腫瘍があり、医者から余命1年と宣告されていた。
だが二人の心優しき悪魔のおかげで夢と希望を失わずに済み、いくつもの奇跡にも魔法にも等しい経験をしている。
だからこそ諦めるわけにはいかない。
今諦めてしまったら二人に会わせる顔がないからだ。

「だからマシロ君、心配しないで。私ならきっと大丈夫だから」
(『きっと』か……なら、僕がこんなところで落ち込んでいたら皆に笑われちゃうな……!)

先程満月は『私達は諦めません』と強く言った。
既にマシロは満月から話を聞いていたので病気の事は知っていた。
だからこそこの状況で満月があれほど意志を強く持ってかがみに言い返した事に胸を打たれていた。
そして同時に満月の想いも理解した――まだ僕達の戦いは終わってなんかない。
最後の最後まで足掻いて足掻いて必ず勝機をこの手に引き寄せる。

パートナーである満月の激励に応えるかのように、いつの間にかマシロの瞳にも生気が戻っていた。

(ちっ、余計な事を……息吹き返しちゃったじゃない……!?)

一方でかがみは予想外の事態に歯軋りするしかなかった。
奇しくも先程と似たような状況だ。
もっともこちらはやっと追いつめたと思った獲物がまたしても息を吹き返した分、身の内を駆け巡る悔しさは半端ない。
しかもまたしても盤上をひっくり返したのは神山満月の存在。
確かに要注意人物だとは思っていたが、その潜在的な力はかがみの予想を遥かに上回るものだった。

「ああ、分かった。そうやっていつまでも夢でも希望でも抱いていればいいわ」

だからこうなればもう迷わない。

「竜! 満月を殺しなさい!」
「なっ!?」

もう満月を生かしておくのは危険だ。
こうなれば一思いに殺してマシロを強制的に絶望の海に沈めてやる。
本当はじわじわと甚振りたかったが、これ以上満月が余計な事を言う前に始末する方が良い。

「え、なんでまた自分でやらないアル?」
「私はこいつが目を背けないようにするという大事な役割があるから手が離せないのよ」

もちろん今度も直接の実行犯には竜を差し向ける。
確かにマシロが顔を背けないようにするという理由は間違いではない。
だが本当の理由は自分で直接手を下したくないだけ。
今は特に何も起こっていないが、万が一時間差で予感が的中してしっぺ返しを食らう可能性も捨てきれない。
つまりは保険だ。
これならもししっぺ返しを食らうとすればかがみではなく竜になるという算段だ。

「でも、そこまでしないといけないアル?」
「はぁ? まさか私の言う事が聞けないって言うの? それならこっちにも考えが――」
「あー、分かったアル。言う事聞くアル」

渋々といった様子で上昇する竜をかがみは嬉しそうに見送った。
先程のようにプリキュアに変身した状態ではなく、今の満月は生身の12歳の少女。
同じような日本昔話ドラゴンアタックを食らえば命の保証はない。

そして十分な距離を取った竜が満を持して急下降の加速と共に満月目掛けて突進態勢に入った。

(まあ、人間なんていっぱいいるから諦めるアル)
「あははっ、夢と希望を抱いて溺死しろオオオオオ!!!!!」
「このォォォオオオオオオオオオオ!!!!!」
(まだ、終われない!!!)

各々の叫びと想いが固有結界内に交錯する時、新たな劇の幕が開いた。


     ▼     ▼     ▼


次の瞬間、同時にいくつもの事が起きた。

空の天幕が割れ。
砂漠と胡桃が消え去り。
かがみが血を吐き。
竜が血飛沫を上げながら墜ち。

そして観客であった白夜叉が降臨した。


     ▼     ▼     ▼


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Let's_sing_a_song 柊かがみ(変態仮面) 後悔なんて、あるわけないだろっ…!
Let's_sing_a_song 後悔なんて、あるわけないだろっ…!
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Let's_sing_a_song 神山満月 後悔なんて、あるわけないだろっ…!


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